たびタビ旅
旅日記。中南米、アジアなどの2年4ヶ月半の旅。

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朝5時過ぎにマチュピチュ行きバスの乗り場に向かいます。
そんな時間だというのにそこには黒山の人集り。
みんな朝一でマチュピチュを見に行こうとしている人たちです。
その国籍も様々。
英語はもちろん、フランス語、ドイツ語、スペイン語、ヘブライ語など様々な言葉が飛び交っています。
さすがは世界有数の観光地マチュピチュ。
あまりの人の多さにバスに乗れることができるかなと少し心配になります。
しかし、続々と列をなしてやって来るバス。
まるで、万博の時に会場と最寄り駅を結ぶシャトルバスのようです。
さすが、マチュピチュです。
バスは20分ほど走ると遺跡の入口に到着。
そこにも入場を待つ長蛇の列。
ここまで人が多いと、なにやらディズニーランドのアトラクションの入場を待つ人達にも見えてきます。
本当にここにマチュピチュがあるのか。
その神秘的なイメージとは少しかけ離れた雰囲気です。
入口を入ると、すぐに横の坂を駆け上ります。
そこを上った所からは、マチュピチュの全景を見渡すことができるのです。
はやる気持を抑え、息切らせながら坂を上ります。
そして、登りきると・・・。
マチュピチュです。
それはマチュピチュ以外の何物でもありません。
なんやかんや言っても、やっぱり素晴らしいのです。
山の尾根に横たわる空中都市。
あまりに神秘的です。
暫しの間、見惚れます。
来て良かった・・・。

その後、遺跡内を見て回ります。
マチュピチュの横に聳え立つ山ワイナピチュにも登ってみます。
これが意外としんどい。
かなりきつい上り坂が続く。
そして、その頂上になんとか到達した時には、1時間あまり時間が経っていました。
そこからの眺めはその甲斐あって素晴らしい・・・と言いたいところですがいまいちビシッと僕の心に響いてこない。
そこからのマチュピチュの眺めはどことなく気が抜けた感じがして迫力を感じない。
何故だろうと考えると、今登っているワイナピチュが見えないからだと気付く。
マチュピチュは建物だけでなく、周りの山、空などを含めてマチュピチュたりえているのだー!!
って別に力を入れて話すことでもないのですが。
しかし、それにしてもよくぞこんな素晴らしい場所を見つけてこんなすばらしい建物を建てたものだ。

ワイナピチュを上った後、そのまま遺跡に戻るのではなく山を反対方向に下りた所にある月の神殿に行って見ます。
ここは1時間以上も山道を歩くという苦労の割りには、遺跡自体は大したことはないと聞いていました。
行って見るとこれが案外良くって・・・、てなことはなくやっぱりショボかったです。
まぁ、ハイキングのつもりで行けばいいと思っていたのでショックは無かったですが、これが後々響いて来ることとなりました。
ワイワッシュを8日間も歩いたということから、少し自分の体力に自信を持っていたのですが、再びマチュピチュの遺跡に戻ってきた昼の1時頃にはかなり疲れきっていました。
歩く距離が長いのも勿論ですが、気温も意外と高く、そしてちゃんとした食事を食べることができないのが辛い。
なんと遺跡に食事を持ちこむことが禁止されているのだ。
それでもチョコレート等を持ってきていたのだが、やはりそれだけでは腹が減る。
腹が減っては力が出ないってもんです。
それでもせっかく来たマチュピチュ。
いろんな所を見たいってもんです。
よって、ふらふらになりながら歩き続けます。
最後の方は半分義務感で歩き続けます。
マチュピチュ、素晴らしいけど、しんどい・・・。

4時に遺跡を出ます。
もう、マチュピチュ堪能しきりました。
我がマチュピチュに悔いは無し。
そして、それからよせば良いのに街まで歩いて山を下り戻ります。
本当に辛いってのに。
街に戻り温泉へ。
これがまたぬるいのってなんの。
もうちょっと湯温を上げて頂けるとすごく有難いのですが。
| sin | ペルー(3) | 10:16 | comments(0) | trackbacks(10) |


マチュピチュ村からクスコに戻ります。
帰りは、行きとは違う方向に線路の上を歩いて戻ります。
クスコ〜マチュピチュ村間の線路は、110kmあります。
その線路をクスコから82km地点にある村まで歩くのです。
その村からは、コレクティーボやバスを乗り継ぎ、クスコの町へ。
そうするとあら不思議、たった6ドル(約240円)で帰ることができるのです。
しか〜し、28km歩けるかな?

朝6時にマチュピチュ村を出発。
すぐに線路上に入ります。
気分は、まさしく映画「スタンド バイ ミー」。
別に死体を捜しているわけでもなく、鉄橋の上で機関車に追いかけられるわけでもないのですが、線路の上を歩くという行為だけで、なにやらわくわくしてきます。
もちろん「フェンザナイッ ハズ カム ホニャラホニャラ〜♪」とスタンドバイミーも口ずさんでしまいます。
時折、列車も通り過ぎます。
そのたびに線路脇によけます。
何人かの乗客は手を振ってくれます。
山の谷間を流れる川に沿ってひかれている線路は上り坂ですが、なだらかな傾斜でそれほどきつくは感じません。
しかし、鼻歌交じりに楽しく歩いていたのは、最初の2時間ほど。
線路を歩くという行為にも飽きてきて、むしろ、ごつごつとした石の上を歩くことに腹が立ってきます。
なんで、こんなに歩きにくいのだ。
線路脇には、ご丁寧にも、1kmごとにクスコからの距離が掲示してあります。
この距離がなかなか減らない。
1kmとは、こんなに長いものだったのでしょうか。
一緒に歩いていたN君との会話もだんだんとなくなり、無口にもくもくと歩くだけ。
スタンドバイミーの歌は、もはや頭の中にさえ浮かんできません。
ただただひたすら足元を見つめ歩くのみ。

そして、8時間後。
やっと辿り着きました、82km地点の村。
とうとう歩ききりました、28km。
自分を褒めてあげたい。
生まれてきた中で一番嬉しかったです‥‥は、少し言い過ぎかな。
コレクティーボに乗ります。
もうこれ以上歩く必要はないのです。
文明の力ってすばらしい!!
| sin | ペルー(3) | 08:06 | comments(0) | trackbacks(3) |


ただ今、クスコは祭りの真っ只中。
インティライミという、リオのカーニバルなどと共に南米3大祭りの内の一つに数えられる祭りなのです。
これは、インカ帝国時代に行われていた太陽の祭を再現したものなのです。
正式には、6月24日に行われるのですが、その1週間前くらいから街中ではパレードが行われたり、コンサートが開かれたりと盛り上がりをみせます。
しかし、この祭、ブラジルのカーニバルと比べると熱狂的というには程遠く、なんとなくのんびりとしています。
インカの民族衣装をまとい、パレードをしたり踊ったりするのですが、その衣装も手作り感が漂うちゃちなものも多く、子供会や町内会の催し物といった感も否めない。
周りにいる見物人たちも、それを穏やかに眺めている。
これは、大人しいインディヘナの人たちの性格によるものなのでしょうか。
そんな和やかな清く正しいお祭が、ここクスコで行われているのです。
| sin | ペルー(3) | 09:13 | comments(2) | trackbacks(9) |


今日は、太陽の祭インティライミが行われる日。
いろいろな儀式がクスコ市内、郊外で行なわれます。
一番のメインは、クスコ市街より歩いて30分程の場所にある遺跡サクサイワマンの広場で行われる儀式。
広場に設けられた観覧用の座席に座るにはお金が必要になってくるのですが、その広場を囲む丘の上から見るの無料なのです。
僕はもちろん丘の上から見ることにします。

同じ宿の人達5人で宿を10時過ぎに出ます。
儀式自体が始まるのは14時頃からなのですが、見物場所が早いもの勝ちなので早めに出るのです。
11時前には着いたのですが、そこには既に大勢の人が座っていました。
僕らも適当に場所を見つけ座ります。
時間が経つにつれ、どんどんと人が増えてきますが、ここで小さな争いが勃発します。
それは、朝早くから来て場所を押さえている人達対、開始間際になって来た人達の仁義無き戦い。
後から来た人達も、少しでも良い場所を確保しようと人の隙間をぬって前へ前へと行こうとするのですが、先にいた人達は、もうここは場所がないから来るな来るなと阻止しようとします。
その剣幕は、大阪のおばちゃん顔負けの迫力あるものです。
最初は、先にいた人達が優勢だったのですが、後から後から増えてくる新しい人達の圧力にだんだんと耐え切れなくなり、最後はなし崩し的に侵入を許すこととなってしまいました。
こうして勝負は決したのでした。
しかし、この日の戦いはそれだけで終わりではなかったのです。
次の戦いは、インティライミの儀式が始まった直後に起こりました。
儀式が始まると、それをもっとよく見たいと思う人達が一斉に立ち上がり、前へと詰めかけます。
しかし、早めに来て前の方の良い場所を確保していた人達は、ゆっくりと座って見たいのです。
それが、たくさんの人々が立ち上がって前に押し寄せたために、見えにくくなってしまったのです。
そのため座っている人は前で立って視界の邪魔になっている人達に向け、みかんの皮やゴミを投げつけます。
この戦い、どうなるのかと固唾を飲んで見守ります。
座っているグループの中に、10人ほどの子供連れの団体がいました。
この人達は、周りがどんなに混み合おうが、大きく広げたシートの上に悠然と座っていました。
しかし、押し寄せる人の圧力がこの人達にかからない訳はありません。
儀式を見ることをそっちのけで、押すんじゃない、来るんじゃない、とさかんに文句を言って自分達のテリトリーを死守しようとします。
そのように暫くの間、押し寄せてくる人達に勇気を持って立ち向かっていましたが、1時間もするとさすがに耐え切れなくなったのか、荷物をまとめると周りの群集に罵声を浴びせその場を立ち去ったのでした。
この人達にとってのインティライミっていったい‥‥。
またしても群集の勝利という結果なってしまいました。
大勢の人間に個人で立ち向かうことの難しさを、こんな所で再確認させられることとなってしまいました。

え?肝心のインティライミの儀式はどうだったかって?
これが、また退屈で退屈で。
王様らしき人たちがステージの上で厳かに儀式を執り行なっているのですが、迫力もなにもあったもんじゃない。
やはり生身の人々の戦いの方が楽しいってもんです。
| sin | ペルー(3) | 09:49 | comments(0) | trackbacks(18) |


クスコからチチカカ湖の畔にある町プーノに移動してきました。
チチカカ湖は、海抜3890mの場所にあり、汽船の航行する湖としては世界最高地にあります。
なんでも世界最高と聞くだけでなんか嬉しいものがありますね。
富士山よりも高い場所に、琵琶湖の12倍の大きさを持つ湖。
なんか不思議な感じがしますね。
世界は、広いもんです。

このチチカカ湖には、いくつかの島が存在します。
その中の、ウロス島、アマンタニ島、タキーレ島を一泊二日で回ります。
まず向かうのは、プーノからボートで1時間弱ほど行ったところにあるウロス島。
ここは島と言っても本物の島ではなく、トトラと呼ばれる葦を束ねて水に浮かせた人工の島。
草で造られた島と聞くと、沈まないのかなと少し心配にもなりますが、学校などの建物も立っておりなかなか立派なものです。
ここには、多くのインディヘナが話すケチュア語ではなく、独自の言語を持つウル族が暮らしています。
しかし、住む陸地ならいくらでもありそうなものなのに、わざわざこんな場所に住むなんて、これまた不思議なもんです。

1時間あまりのウロス島滞在の後、次に向かうのはアマンタニ島。
ここは、本物の島です。
今晩は、ここに泊まることになります。
この島には、ちゃんとした宿はなく、島民の家に泊まることになります。
民宿のような、プチホームステイと言ったところでしょうか。
この島は、本当に貧しい島で、水道も電気も通っていません。
よって、ここを訪れるたくさんの旅行者は貴重な収入源。
そのため、子供たちの写真を撮るとチップ頂戴と言われるし、このブレスレット1ソルで買ってよと迫られるなどして、全てはお金かよと少しげっそりとした気分にもなります。
でも、生きていくためには、こんな辺鄙な場所までわざわざやってくる金持ちな旅行者の気持ちなんていちいちかまってられませんよね。
世の中、やはりお金も大切なんです。

夜は泊まっている家で、質素な夕食をロウソクの明かりの中、食べます。
食べ終わると、時刻は7時。
さて、これからどうしたらいいものか。
一緒に夕食を食べていたこの家の大学生の男の子は、食べ終わると「グッドナイト」と言って自分の部屋に引き上げて行きました。
おいおい、まさか大学生にもなる男の子がこんな時間に寝ることはないだろうな。
と思いますが、僕も何もすることがないので、歯を磨き、7時半にはベッドにもぐり込みます。
耳を澄ますと、隣の部屋からは男の子の寝息が聞こえてくるじゃありませんか。
おいおい、本当に寝ているよ。
そういう自分も、その後すぐに深い眠りに落ちることとなったのですが‥‥。
広い世の中、こんな生活もあるのです。
毎晩、なんとなくテレビを点けなんとなくテレビを見て、気がつけば深夜1時、2時になっているあなた。
一度、7時に寝てみてはいかが?
| sin | ペルー(3) | 00:16 | comments(0) | trackbacks(2) |
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