たびタビ旅
旅日記。中南米、アジアなどの2年4ヶ月半の旅。

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バンコクからカンボジア、シェムリアップを目指します。
カオサンロードから直接出発するツーリストバスに乗ります。
料金は200B(約620円)とかなりお得な感じがします。
もし公共のバスに乗ればタイ側の国境の町アラヤンプラテートまででも200B以上はしますから。
朝7時に宿へ迎えに来たミニバンに乗り出発です。
ミニバンは舗装された道をびゅんびゅん飛ばし、4、5時間であっという間に国境に到着。
ここでミニバンを降り、歩いて国境を越え、そして、バスを乗り換えシェムリアップに向かうことになります。
よし、まずは入国審査だと思いますが、国境で出迎えに来た旅行代理店の人らしい若い兄ちゃんに何故かカフェのような所に連れていかれ、そこで待つように言われます。
そして、カンボジアのビザを取得するからその費用1500B(約4800円)を払うようにと言ってきます。
なに?
カンボジアのビザは20USD(約2200円)払えば国境で簡単に取れるはず。
なんで1500Bも払って取ってもらわなければいけないのだ。
バス代が安いと思ったら、やはりこんなカラクリがあったのか。
もちろん1500Bなんて払いたくないので、自分で国境で取るからと断ります。
するとその兄ちゃんは、国境のビザを取る窓口は大勢の人で混雑しているから時間がかかる、そうなると君だけのために他の乗客を待たせることになるから事前に取る必要があると言ってきやがります。
絶対払いたくないと突っぱねていると、それでは1300Bでどうだ?と訊いてきます。
それでも高いじゃねぇか、20ドル以上は払いたくねぇんだ〜!!
兄ちゃんはぶつぶつ文句言いながらどっかへ消えて行きます。
いったいどうなることやら。
それから、その店でしばらく待たされます。
そこには同じように待っている日本人の女の子がいたので、ビザについて質問すると、今はビザ代は25ドルに値上がりしているらしいよと言います。
25ドルか〜‥‥、しかし、それでも1300Bは高すぎる。
しばし座って待ちますが、なかなか出発しようとはしません。
ビザを取るにしても時間がかかりすぎだろう、さっさと国境を越えたらええやんかとイライラしてきます。
そして、2時間ほど経過した2時過ぎになってやっと出発だと言われます。
よし、いよいよカンボジアだぞ。

タイの出国手続きを終え、カンボジアビザ取得の窓口に向かいます。
そこではたくさんの人々が行列をつくり‥‥っていうことは全くなく、人っ子一人いません。
なにがビザ取りに時間がかかるっていんだ、あの野郎。
窓口の係員のおっちゃんにカンボジアビザが欲しいと告げます。
するとおっちゃんは、ビザ代1000B(約3200円)だと言ってきます。
な〜に〜、25ドル(約2700円)だろう!!
だいいちそんなにバーツを持っていないよ。
この看板にもビザ代25ドルって書いてあるだろう。
なに?それは古い表示だ?
そんなもの知るか、僕は25ドルしか絶対払わん。
そういうとあっさり25ドルで良いと言われました。
そして、30ドルを渡すと、お釣りはいらないかと訊いてきます。
いるに決まってんだろ、5ドル返せ、この野郎。
ほんとここの国境のやつらはどうなっているんだ。
みんな腐りまくってます。
それでも、どうにか無事ビザをゲット。
これで入国できるぞ、とその窓口を去ろうとした時、もう一度何気なくビザ代が書かれている看板に目をやると‥‥、あれ?ツーリストビザ20ドル!?
25ドルはノーマルビザ!?
しまった間違えた〜。
ビザ代はやっぱり20ドルで良かったんだ〜。
なんてことだ‥‥、だからあんなにあっさり了解したのか。
あぁ、がっくり。

そして、入国審査を終え、次はシェムリアップ行きのバスに乗ります。
しかし、あの旅行代理店の兄ちゃんはいつの間にか姿を消しているじゃありませんか。
あんの野郎〜。
仕方ないので自分でバスを探しだします。
しかし、車掌にはチケットがないと乗せられない、だからチケットを買って来いと言ってくるじゃありませんか。
チケットなんてあの野郎に渡してしまってもう手元にねぇよ。
悔しがってもどうにもならず、結局さらに500B(約1600円)を払う羽目になったのでした。
くそ〜200Bなんて安すぎると思ったんだ。
そんな値段で行ける訳ないよな。
はぁ。

夜7時過ぎにシェムリアップに到着。
宿にチェックインすると、夏休みを利用して旅している日本人の大学生の男の子に出会います。
彼も昨日同じようにバンコクから来たというので、やっぱり国境で新たにお金を払う羽目になった?と訊くと、彼はあっさり何もなくバスに乗れシェムリアップまで来ることができましたよ、と答えたのでした。
しかも、バンコクで払ったお金は、180B。
僕より20B安い。
なんてこったい。

2年以上も世界を旅し続け、その間、越えた国境は数知れず。
それなのに‥‥。
全く成長のない僕。
あぁ、情けなや‥‥ガクッ。
| sin | カンボジア | 13:56 | comments(0) | trackbacks(0) |


今まで世界中で数多くの遺跡を観光してきました。
それらの中でもマチュピチュなどと共に僕のお気に入りなのが、ここカンボジアにあるアンコールワット。
その美しいたたずまい、緑のジャングルの中に忽然とあらわれたかのような神秘的な雰囲気、まさに遺跡の中の遺跡。
遺跡の王者と言ってもいいでしょう。
入場料の20ドルも惜しくないです。

宿で自転車をレンタルして、アンコールワットに向かいます。
日差しは厳しいのですが、道は平坦で気持ち良くサイクリングできます。
アンコールワットまでおよそ30分の道のり。
途中、チケット売り場で40ドルの3日券を購入し、さらに自転車を漕ぎ進めます。
そして、見えてきましたアンコールワット。
おお〜やっぱりすげ〜。
ここを訪れるのは2回目ですが、その感動が薄れることはありませんでした。
その建物の造形だけでなく、壁に施されたレリーフなど細部も美しい。
遺跡内を歩き回ります。
疲れると回廊の日陰となっている場所に腰を下ろし、柱に体をもたれかけさせ寛ぎます。
持ってきたパンをかじります。
そよそよと涼しい風が吹き抜け僕の体を撫でて行きます。
なんとも優雅で贅沢なひと時であります。
| sin | カンボジア | 15:21 | comments(0) | trackbacks(0) |


アンコールワットはそれが一つだけぽつんと建っている訳ではなく、この一帯の広いエリアにいくつもの遺跡が建つアンコールワット遺跡群の内の一つです。
ですからアンコールワット以外にも、たくさんの大きな顔が建物の四面に飾られていることで有名なバイヨン、大木が遺跡を侵食して覆っている状態を修復することなくそのままにしているタプロームなど見所はたくさんあります。
そして、それらの遺跡は日本人を初め世界中から大勢の観光客が訪れ賑わっています。
しかし、あまり有名でない所に行くと、ほとんど人もおらずひっそりとして静かな時を過ごすことができます。
遺跡の敷地内では地元の子供たちが元気に遊んでいます。
遺跡の中を走り回ったり、池で泳いだり。
彼らの遊び場所はアンコールワット。
世界遺産が公園、なんと贅沢な子供たちでしょう。
僕が近づくと写真を撮ってと近づいてきます。
なんとも可愛い笑顔です。
幸せそうだなぁ。
まぁ、写真を撮った後に、ワンダラ〜ワンダラ〜と言ってくるのは、ご愛嬌といったところでしょうか。
| sin | カンボジア | 15:37 | comments(0) | trackbacks(1) |


シュエムリアップの町から東に50kmほど離れた場所にあるベンメリアという遺跡に行きます。
ここは前回は行かなくて、今回はどうしても訪れたいと思っていた場所です。
そこに行くにはバイクやトゥクトゥクなどをチャーターしなければならないので、一人ならば交通費だけでも20ドルもかかってしまうのですが、宿のみんなでミニバンをチャーターすることができたので一人7ドルと安くつきました。
ベンメリアは、発見された時の状態になるべく手を加えないようにして保存してある遺跡です。
なので遺跡は崩れ、その崩れた壁石が地面に積み重なるように転がっており、緑の苔が建物全体を覆っています。
その中をガイドの案内で進んで行きます。
崩れた石の上を歩き、まるで探検たいのようで、わくわくしてきます。
ここはまた、世界中に数多くある宮崎アニメのモデルとなった場所じゃないか‥‥と呼ばれる場所のひとつです。
その真偽はともかく、確かにアニメ「天空の空ラプュタ」に出てくるような神秘的な雰囲気が漂っています。
しばらく歩いていくと、一緒に来たメンバーの中の一人が、携帯スピーカーで音楽を流し始めました。
それは宮崎アニメのテーマ曲。
ん〜気分はアニメの主人公。
もちろん僕はただのおっさんですけどね。
| sin | カンボジア | 23:52 | comments(0) | trackbacks(0) |


アジアは若いんです。

何が若いかって?
それは旅人の年齢です。
特に東南アジアの旅人は若い、若い。
日本から近く、物価も安く、治安も良く、旅もしやすい東南アジアは誰でも気軽に旅ができるからでしょうが、とにかく若い。
10代もごろごろいます。
10代と言えば平成生まれ。
まさか平成生まれのバックパッカーと共に旅する時代が来るとは‥‥。
そりゃ僕も歳を取るってもんです。
あぁ、30代が当たり前であった中南米が懐かしい‥‥。

今泊まっている宿にも夏休みを利用して旅をしている大学生がたくさんいます。
彼らともご飯を一緒に食べながらなど、話をする機会ももちろんあります。
やっぱりみんなとわいわい話すのは楽しいですね。
年の差はあっても同じ旅好き同士、話は盛り上がるってもんです。
しかし、小さい頃見たテレビの話などになると全く理解できません。
ただそうなんだ〜とにこにこと頷いているだけ。
僕が昔見たテレビの話をすると、知らないとか、知っているけど話だけで聞いたことがあると答えられ、ちょっと悲しい。
そりゃ僕が高校時代に産まれた人もいるんですからね。

そんな若い子たちも、このおっさんこの年にもなってなにまだふらふら旅してんだよ〜っと心の中で思っているだろうけど、優しくおっちゃんの相手をしてくれます。
とても36才には見えませんよ〜という学生のお世辞に、そうかそうか旅人は若く見えるからねぇ〜と嬉しそうに答える僕。
そんな自分が、ちょっと好きで、ちょっと悲しい‥‥。
| sin | カンボジア | 19:09 | comments(2) | trackbacks(0) |


カンボジアは雨季の真っ只中です。
日本の梅雨のようにしとしとと一日中降り続けるということはないのですが、どんなに日中が晴れていたとしても夕方から夜にかけてほぼ100%と言ってもいいくらい雨が降ります。
ですからアンコールワットの遺跡の辺りで綺麗な夕日を見るということは今は難しいのです。
朝は雨はあまり降らないものの、雲が空を厚く覆っていて、アンコールワットの背後から上る朝日を拝むということも、これまた難しいのです。
実際、僕は15日に3日間有効の遺跡の入場券を買ったのですが、朝日、夕日共見ることができぬまま、あっさりと3日間という日は過ぎ去ってしまいました。

それなのに今日は朝から良い天気。
ドミトリーの同室の人は、今日、3日間チケットを購入し、初日にして綺麗な朝日を見たらしい。
まるで絵ハガキのように綺麗だったのよと嬉しそうに語る。
ふん、朝日なんてどこで見ても一緒じゃないか。
写真を見せてもらう。
うっ、た、確かに綺麗だ‥‥。
アンコールワット、幻想的すぎるぞ。
な、なんでなんだ〜。
なんで僕は見れなかったんだ〜。
日頃の行いのせいなのか!?
いや、そんなことはないはずだ!!
そんな問題ではないのだ。
そう、世の中そんなものなのだ。
正義が必ず勝つということではないのだ。
人生、そんなものなのだ〜!!

そして、また、今日は、夕日が綺麗に見えそうだ‥‥。
| sin | カンボジア | 18:59 | comments(0) | trackbacks(1) |


歩いて街の中心部から少し離れたマーケットに行ってみます。
街の中心部にもマーケットはあるのですが、訪れる観光客が多いこともありぼってくることも多いのです。
しかし、今日訪れたマーケットは観光客は全くいない完全に地元民向けのものです。
果物の値段などを訊いてみても、あきらかに安いです。
白玉のような物が入ったスイーツを食べます。
この前中心部のマーケットで2000リアル(約55円)払ったものが、ここでは500リアル。
う〜ん、いったいどれだけぼられていたんだ。
いろいろな店を覗きながら、マーケットの中を歩きます。
カンボジア人はみんな笑顔を見せてくれるので気持ちが良いです。
バイクタクシーやトゥクトゥクの客引きのおっちゃんでさえ、いらないよ〜っと笑顔で答えると、そうかいらないか〜っというような顔をして笑ってくれます。
いいですね、カンボジアの人たち。
食堂の前を通りかかると、お店のお姉ちゃんが僕に微笑みかけてくれます。
僕はさっきデザートを4杯食べたばかりなので、お腹はいっぱい。
でも、そこのお姉ちゃんは、はにかみながら嬉しそうに僕に笑顔を見せてくれます。
か、可愛い〜。
思わず、注文してしまう僕。
男って単純な生き物なんです。
| sin | カンボジア | 00:42 | comments(0) | trackbacks(0) |


同じ宿の人とトゥクトゥクをチャーターしてシェムリアップの町から35kmほど離れた場所にある地雷博物館へ行きます。
ここはカンボジア人アキーラーさんによって建てられた博物館です。
カンボジアには内戦時代に数多くの地雷が埋められ、現在でも600万個以上のものがそのままになっており、全てを撤去するのに後100年以上もかかるとさえ言われています。
現在でも誤って地雷を踏み、手足を無くしている人がたくさんいます。
地雷は人を殺すものではなく、人を負傷させるものなのです。
戦地で兵士が怪我をすると、救助するために更に別の兵士が必要となり、結果として殺すよりも多くの兵力を減少させることができるからです。
そんな地雷の恐ろしさを知ってもらうためにアキーラーさんはこの博物館を造ったのです。
ここにはアキーラーさんが自分で処理した地雷や地雷で被害にあった人たちの写真などが展示されています。
博物館と呼ぶには小さすぎるような所で、あっという間に見終えてしまうのですが、その素朴さが逆に地雷の悲惨さをひしひしと感じさせてくれます。

アキーラーさんは5才の頃、ポルポト軍に両親を殺され、そのままポルポト軍に少年兵として育てられ、兵士として数多くの地雷を埋めたのです。
そして、カンボジアに平和が訪れた後、地雷で被害に遭う人が多いことに心を痛め、地雷撤去を自分の使命として生きているのです。
こんなすばらしいことをしているのに、個人で地雷の撤去を行うことは違法とされていたので援助も受けられず、博物館を造ったことにも様々な人々から迫害を受け、逮捕され牢獄に入れられたこともあるといいます。
それでも自分の信念を曲げず、地雷の被害をなくすために行動をしてきたのです。
なんともすばらしい人じゃありませんか。
そして、なんとこのアキーラーさん、僕とほぼ同じ歳じゃありませんか。
僕が小さい頃、宿題をするのが嫌だ、このおもちゃが欲しいと言っている時に、アキーラーさんは戦場を駆け巡り、僕がふらふらと旅をしている時には、地雷撤去のため全身全霊をささげ生きている。
平和な日本という国に生まれた自分の幸運を感謝するべきなのか、それとも、ちんたら生きている自分にカツを入れるべきなのか。

町へ戻るトゥクトゥクの中で、周りに広がる緑の田園風景を見ながらそんなことを考えたのでした。
| sin | カンボジア | 17:33 | comments(0) | trackbacks(1) |

シェムリアップからカンボジアの首都プノンペンに移動です。
ここの区間の道は7年前にも通ったのですが、それは僕が今まで旅してきた中でも3本の指に入ると言ってもいいほどの悪路でした。
その時はミニバンに乗ったのですが、とにかく道路の凸凹がすさまじい。
車内で体が跳ねまくり、もう早く着いてくれ〜、早く降ろしてくれ〜とほとんど泣きが入ったくらいです。
翌朝、目が覚めると、なんと身体中が筋肉痛になっていたのでした。
しかし、変わっていました。
宿にミニバンが迎えに来て乗り込みます。
そんなに乗客を詰め込んでいなく、ゆったりと座れます。
これでプノンペンに行くのかと思ったのですが、連れて行かれたのはバスターミナル。
そこにはなんと大きなバスが待っているじゃありませんか。
バスはけっこう新しく席もゆったりしています。
う〜ん、こんな大型のバスが走るようになったんだ。
そして、道も完璧に舗装されているます。
プノンペンまでの5時間半の道のり、すごく快適に過ごせました。
カンボジア、進歩しているじゃありませんか。

そして、着いたプノンペン。
やはりカンボジア一の都市ということもあり、建物が立ち並び、たくさんの人、車、バイクなどで賑わっています。
観光の町シェムリアップと違って、庶民の活気あるパワーが満ち溢れています。
屋台もたくさんあり、歩いているだけで心躍ります。
7年前よりもその数は増えているように感じます。
そして、ここで一番変わったこと。
それは夜でも外を歩くことができるということ。
前は、夜8時を過ぎるとそれまで賑わっていた通りが嘘のように静まり返り、人っ子一人いなくなったものでした。
とてもじゃないけど外を歩く気にはなれませんでした。
それが今では、屋台で飯を食う人、トラックから荷物を運び出す人、のんびり涼んでいる人などたくさん人がいるじゃありませんか。
他の国では当たり前のことなのですが、カンボジアもとうとうそのような国になってきたということ。
嬉しいですね。

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| sin | カンボジア | 23:00 | comments(0) | trackbacks(1) |


 プノンペンにはトゥールスレン博物館があります。
ここには7年前にもやはり訪れたのですが、重い、重すぎる博物館です。
1970年代半ば、ポルポトは国の実権を握ると、共産主義の思想の下、都市の無人化、農村への強制移住政策、市場、通過の廃止、労農、政治教育以外の学校教育の廃止、宗教活動の禁止等を行い、大量虐殺を伴う大粛清国民運動を断行したのです。
その時に尋問のため使用されたのが、現在トゥールスレン博物館として残っている元学校の校舎なのです。
農民、技術者、僧侶、教師、学生などさまざまな人がここに集められ拷問を伴う尋問をされ、町郊外にある現在キリングフィールドと呼ばれている村に連れていかれ虐殺されたのです。
ここに収容された2万人の内、生き残ったのはわずか6人と言われています。
この博物館には、尋問として使われた部屋、牢屋などが当時のまま残っている他、拷問の様子を描いた絵などが展示されています。
人間の残虐さをひしひしと感じさせられます。
しかし、それらの展示物より更に僕にとって衝撃的なものがあります。
それは収容された人々の写真です。
ポルポト軍が撮った収容者たちの写真が何千枚も部屋に飾られているのです。
それらはけっして残虐な写真ではなく、証明写真のようにただ上半身が写っているだけです。
みんなカメラをまっすぐ見つめています。
それは、今ここにいる僕を見つめているようにも思えます。
いったい何を考えていたのでしょうか。
老若男女さまざまな人がいます。
どこにでもいる普通の人々です。
そんな人々が殺されたのは、50年、100年という昔の話ではなく、ほんの30年ほど前の話なのです。
と言うことは、カンボジアの30才以上の人たちはみんなそういう時代を生きてきたということなのです。
市場でバナナを売っている人の良さそうなおばちゃんでさえも。
今、いったいどのような思いで生きているのでしょうか。

博物館を出ると、やっぱり深く深く落ち込んでいる自分がいました。
気分を明るく盛り上げようとしても、やっぱり何か心に重しがのっているように沈み込んでしまいます。
心身ともに疲れたので、喫茶店に入り一休みすることにします。
甘ったるくて苦いアイスコーヒーを飲みながら、通りをぼんやり眺めます。
しばらくすると雨が降り始めました。
それはぽつぽつと降り始めたと思うと、あっという間に強く土砂降りになり、まさに滝のようです。
子供は屋根から流れ落ちる雨水をシャワー代わりに浴びています。
バイクに乗った人は、びしょ濡れになっています。
そして、びしょ濡れになった女の子は、もちろん‥‥。
すけてま〜す。
う〜ん、いいじゃないですか〜。

こんなカンボジアの幸せな日々がこの先いつまでも続きますように。
| sin | カンボジア | 23:40 | comments(2) | trackbacks(0) |
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