たびタビ旅
旅日記。中南米、アジアなどの2年4ヶ月半の旅。

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タシュクルガンから南にバスで2時間ちょっと走った所にあるカラクリ湖に行きます。
ここは標高7546mのムズターク山と7719mのコングール山の麓に広がる草原の中の湖です。
ここには7年前にも訪れたことがあります。
ですからまた再びここに訪れるかどうか迷ったのですが、すごく静かで綺麗で幻想的な風景だという印象が残っていたので、もう一度それを味わうためここに一泊することにしたのです。

昼過ぎに着き、バスから降りると、宿の客引きに囲まれました。
昔はこんなに客引きがいたっけと、その勢いにちょっと驚きます。
とりあえずその中の一人の客引きについて彼のゲルへと行きました。
ゲルとは、モンゴル人やキルギス人などの放牧民族の伝統的な移動式の家のことです。
簡単な木の枠組みや羊の皮などでできています。
そこには20棟ほどのゲルが集まっており○×民族村とかいう名前がつけられています。
なんかどっかのアトラクションのようにも思ってしまいますが、実際にここでキルギス族の人が生活しています。
そこの一軒に泊めてもらうことになりました。
前回は旅行者用の専用の小さなゲルに泊まったので、一瞬、え?とも思いましたが、このように実際の生活を体験できるってことはなかなかないのでこれはこれで嬉しいです。
僕の泊まったゲルには若い夫婦と2、3才くらいの子供の3人家族です。
この子供、可愛い坊やだねぇ‥‥と思ったらお譲ちゃんでした。
お母さんは可愛いのに‥‥。
なんでこの子が女の子だと分かったかというと、それは男ならあるべき物が股間になかったからなのです。
中国の子供が着る服は、股間の部分に切れ目が入っており、そこから可愛いお尻などがしっかりと見えるのです。
ここは標高が高くて寒いので、子供もたくさん服を重ねて着ているのですが、お尻はしっかりちらりちらりしています。
確かに服を脱がなくても用が足せるし、機能的と言えば機能的なんですが‥‥。
中国の文化、恐るべしです。

今日は、うっすらと霞がかかったようになっていて山はあまり見えないのですが、それでも綺麗さは7年前と変わっていません。
思ったよりも大したことがなく落胆するのではないかと少し心配していたのですが、杞憂に終わり良かったです。
また、ホースライディングをしながら湖を一周しました。
のんびりポクポクポクポク、気持ち良いもんです。
しかし、ここに住む人々は少し変わったようにも思います。
昔は誰からも煩わさせられることなく、のんびりと過ごせたような気がするのですが、今はとにかく「金」「金」「金」とうるさい。
ホースライディングをしないか、キャメルライディングをしないか、オートバイで山のベースキャンプまでいかないか、このアクセサリーを買わないか、この帽子を買わないかなどととにかくいろいろ勧誘してくる。
昔は入場料のようなものはなかった気がするが、今では50元(約800円)も取る。
その彼らの勧誘してくる時の話し方、表情がかなり卑屈な感じがするので、いっそうイライラしてくる。
彼らは貧しく、それほどお金を稼ぐ手立てがないので、少しでも収入を得たいという気持ちも分からないのではないが、もうちょっとそっとして欲しいものだ。

夜、ゲルで家族と共に夕食を食べたり、子供と遊んだりして過ごします。
するとお母さんがどこからかブレスレットを持ってきます。
あぁ、また売りつけようというのか。
昼間、断ったはずなのに。
そして、またいらないと言おうとすると、いやこれはプレゼントだと言ってきます。
いやそんな悪いからと思い断りますが、もらってくれと渡してきます。
う〜、ありがとう。

その夜、ゲルの中で布団を敷き、川の字になってみんなで寝ます。
気温は低いですが、暖かな一晩となりました。
| sin | 中国 | 22:34 | comments(0) | trackbacks(2) |


かなり興奮しています。
かなり鼻息あらくしています。
中国は、昔一度訪れたこともあって、来てもそれほど感動しまいんじゃないかと思っていました。
パキスタンなどと違い全く文化が違うということもないし。
それがここ人口35万人が住むカシュガルに来て、大興奮しているのです。
もともとここにはイスラム教を信じるウイグル人が住んでいたのです。
しかし、近年、漢族が大量に移住してきて人口比率の高い割合を占めるようになってきています。
そのためウイグルらしさが年々失われていくという悲しい事態が起こっています。
街の中心部には漢族の店が立ち並び、そして、そこにはたくさんの漢族の人々が歩いています。
もちろん、女性の姿もたくさん見ることができます。
そして、その女性こそが僕の大興奮の源なのです。
イスラム教でない彼女らは惜しげもなくそのボディーをさらけ出しています。
ノースリーブや胸元があらわになった服を着て、中には尻がはみ出さんばかりの短いパンツをはいている人もいます。
ウイグルの女性もモスリムらしく頭にスカーフをしているものの、パキスタンに比べてあきらかに露出が大きいです。
おおおおお〜。
イスラム圏から来た僕にとって眩しすぎる光景です。
理性がふっとびそうです。
見すぎることが罪ならば、まさしく僕は有罪でしょう。
ここにいる中国人がそれほど美人ってわけではありません。
その事は、頭では理解しているのですが、むき出しの手足、きわどい胸元を見るだけでパブロフの犬のごとく勝手に反応してしまうのです。
はふはふはふ、がるるるる‥‥。

そして、興奮の原因はもう一つあります。
それは、「食」、そう中華料理です。
タシュクルガン、カラクリ湖では食べる機会がなかったのです。
ここではもちろん中華料理を思う存分食べることができます。
障害は何もありません。
ホイコーロー、チンジャオロースー、麻婆豆腐等、なんでもござれです。
記念すべき第一回目は何にしよう。
迷います。
すると宿にチェックインする時に日本人の人と出会い、夕食を一緒に食べませんかと誘われます。
中華料理は大勢で食べたほうが楽しいし、もちろんご一緒させてもらいます。
夜、その人以外にもう一人日本人が加わり、3人で食べに行きます。
そして、今晩はちょっといい物を食べようと思うんですけど予算の方は大丈夫ですかと訊かれ、彼らに連れて行かれたレストランは高級そうな雰囲気がぷんぷんしています。
一人じゃ絶対に入ることはないだろう店です。
そして、そこで食べた料理が北京ダック〜!!
まさか最初からこんな豪華な料理を食べられるなんて予想外です。
うめ〜。
さらにパキスタンでは一切飲めなかったビール〜。
またまたうめ〜。
北京ダック以外にも何皿か料理を頼んで、これで料金は一人50元(約800円)ほど。
10元もあれば腹いっぱい食べることができる中国にしてはもちろん高い値段なのですが、やっぱり安いです。
最初からこんなにいいもの食っていいのでしょうか。
興奮冷めやらぬ中国の夜です。
| sin | 中国 | 16:54 | comments(2) | trackbacks(0) |


僕の左手の薬指にはまだ2本の鉄のピンが刺さっています。
折れた骨を固定するためにあるのですが、やはり日常生活においてなにかと不便です。
あまり濡らしても駄目なんでシャワーを浴びる時にはいちいちビニール袋をかぶせないといけないし、服の洗濯をする時にも力を入れにくくしっかりと絞ることができません。
その鬱陶しい鉄のピンなのですが、手術を行ったドクターに7月の半ば以降に抜いてもいいと言われていたのです。
そして、今日いよいよ病院に行って抜いてもらうことにしたのです。
宿の人に大きな病院を教えてもらいます。
昨夜一緒に夕食を食べた中国に留学している日本人の男の子が親切にもついて来てくれます。
9時半より開くと聞いていたので、タクシーに乗り9時15分くらいに病院に着きます。
そこにはすでにたくさんの人が開くのを待っています。
さて診察を受けるにはどうしたらいいものか。
留学生の男の子が中国語で訊いてくれます。
病院の人くらいは英語を話すのではないかと少し期待していたのですが、みんなまったく話せません。
ついて来てもらってほんと助かりました。
しかし、その男の子によると彼らの中には中国語もあやしいという人もいるみたいなのです。
ウイグルの人々は日常ではウイグル語を使っているからです。
長い列に並びかなり時間が経った後、やっと診てもらえることになりました。
先生ぐらいは英語が話せるだろうと思ったら、やっぱり話せません。
留学生の子が僕に代わって説明してくれます。
先生はその話を聞き、それから僕の手をじっくりと見ます。
よし、先生、ちゃっちゃと外しちゃって下さいな。
しかし、先生は「レントゲンを撮ろう。」と。
ちょっとがっかりしますが、それは当然と言えば当然なので仕方がない。
そして、また再び長い列に並びレントゲン科に行きます。
ほんと病院って並んで待って並んで待ってでいやになります。
そして、やっとレントゲンを撮ったと思ったら、できあがりまで2時間も待たされます。
その間に留学生の子はもうバスに乗らなければいけないと帰ってしまいました。
1時にレントゲンの写真ができあがり、それを持って再び外科に行きます。
またしばらく待たされ後、再び診察室に呼ばれます。
先生に今しがた撮ってきたばかりのできたてほやほやのレントゲン写真を差し出します。
先生はじっくりとそれを見ます。
そして、英語で一言。
「エクセレント!!」
おお〜、エクセレントか〜、最高なんやね〜。
それじゃ〜、さっさと抜いちゃって下さい。
しかし、先生は包帯を巻いて帰って下さいと言います。
何でやねん!?
思わずつっこみを入れたくなります。
先生は、まだ骨が完全にくっついてないから今はまだ外さないほうが好いということを身振り手振りで説明してくれます。
それはエクセレントって言わんのじゃ〜!!
本当か?本当に抜けないのか?僕は執拗に食い下がりますが、先生は駄目だとの一点張り。
いつの間にか僕らの周りにはたくさんのやじ馬が集まってきています。
あぁ、お前らは関係ないだろう〜。

そうして5時間も病院にいた挙句、鉄のピンを指につけたままとぼとぼと帰路につくことになったのでした。
果たしていつ元の指に戻ることになるのやら‥‥。
| sin | 中国 | 17:56 | comments(2) | trackbacks(0) |


カシュガルを訪れるのは7年ぶりなのですが、僕の中にあったイメージと異なう部分がたくさんありました。
なんだか町がきれいになったと言うか、ごみごみとしたウイグルの街らしさが減りおもしろみのない漢族の街に変貌したという感じです。
中でもウイグルで一番大きなモスクであるエイティガール寺院の周辺は新しくショッピングセンターのようなものができていたりしてすっかり様変わりしていて少し寂しい気がしました。
このように古いウイグルの物はどんどんとなくなっていき、いつの日かここも完全な漢族の町になってしまうのでしょうか。
そうだとすると悲しいことではありますが。

しかし、そうした問題をさておき、街にはゴミなどもほとんど落ちていなく清潔です。
街中にはたくさんのゴミ箱が設置されており、ポイ捨てや中国名物?痰を吐く人の姿もほとんど見かけません。
経済も発展してきて、変わってきたのでしょうか。
僕は旅をしてきて、先進国と途上国とを見分けるある法則に気がつきました。
まぁ、あくまでも僕の勝手な思い込みなのですけれど。
それはどういうものかと言いますと、まず法則1。
「貧しい国の人々はゴミのポイ捨てに関して、まったく悪いことだと思っていない。」
とにかくゴミはゴミ箱へという概念はありません。
分別なんてもってのほかです。
バスや列車に乗っていても、床に捨てるは窓の外に捨てるはポイポイ捨てまくりです。
ポイ捨てはいけないと教えられてきた僕がゴミを手に持ったまま座っていたりすると、横の人が僕からゴミを奪い取り窓の外に投げ捨ててしまうことさえあります。
親切心からそうしてくれた人に、僕は弱弱しく笑いサンキューと呟くしかありません。
法則2。
「道路では自動車が優先。」
貧しい国では歩行者が自動車の進行を妨げてはいけません。
道路には信号や横断歩道さえないことも多く、歩行者は猛スピードで走ってくる自動車の間を細心の注意を払い道路を横断しなければなりません。
さもないとクラクションを鳴らされるか、さもないと轢かれます。
例え轢かれたとしても、自動車側はたいした罪にもなりません。
そして、この法則2に関連したことなのですが、貧しい国ほどクラクションの音が騒々しいものであります。
これらの法則に従えば、中国はもう貧しい国であるとは言えないかもしれません。
ゴミはゴミ箱に捨てるし、交通に関しても意外に歩行者にやさしく、クラクションの音もそれ程聞きません。
そして交通関係においてここにきて驚いたのは、町にはたくさんのスクーターが走っているのですが、そのほとんどが環境にやさしい電動式っていうことなのです。
エンジン音をさせずにスィーンとスターウォーズに出てくる乗り物のような静かな音をさせ走る姿はSFチックでかっこいいです。
これにおいてはもう日本を越えたと言っていいでしょう。(何故日本に普及していないのか不思議です。なにか理由があるのでしょうか。)
そんな訳で、やはり中国はもうすでに立派な先進国であると僕は断言したくもなりますが、いやちょっと待てよということで法則3です。
「貧しい国の人々は携帯電話のマナーがなっていない。」
貧しい国の人々はそもそも携帯なんて持っていないと思う人もいるかもしれませんが、今ではどこの国の人でも持っています。
僕が携帯を持っていないと言うと、可哀そうにという目で見られることさえあります。
しかし、貧しい国では持っているということがステータスなのか、自分は携帯を持っているんだぜということをアピールするような使い方をします。
バスや列車の中で大声で話すことは当たり前ですし、でかい音で着信音をガンガン鳴らしマナーモードにするってことはまずない。
そして、これが僕が一番いらつくのですが、バスや列車の中など公共の場所で携帯のスピーカーで音楽を大音量で鳴らします。
イヤホンで聴こうとせず、周りの人に俺の聴いている音楽かっこいいだろうみたいな顔をしてリズムなんかとっちゃたりしています。
そんなやつを見ていると、こいつバカじゃないかとムカムカしてきます。
周りにいる人はまったく気にならないのか注意をするそぶりも見せないのも不思議です。
このケータイのマナー、中国はかなりひどいのです。
そういう訳でこの面から見ると、中国はまだまだ先進国となりえていないのかとも思います。
それともいくら経済が発展しようとも絶対に変わることのない、国民性なのでしょうか。

それにしても今あげた法則は、別に経済的に豊かでも貧しくてもやろうとすれば簡単に改善できるような気もするのですが。
でも貧しい国でなかなかそうはならないのは、教育がきちんとされている国が経済が発展するからなのか、経済が発展するから教育ができるのか、どっちなのでしょうかね。
| sin | 中国 | 18:21 | comments(3) | trackbacks(1) |


カシュガルから近郊にあるアトゥシュという町に日帰りで行きます。
別にここには興味もなかったのですが、同じ宿に泊まっている日本人T君に漫画「マスターキートン」に出てくる人物のお墓があるらしいけどって言われ、がぜん行く気になりました。
ガイドブックを読むと確かにそう書いてあります。
「マスターキートン」好きとしては行かない訳にはいかんでしょう。
まぁ、ここ最近カシュガルでだらだらとしていたので、そろそろ観光でもしてみたいなと思っていたところなので。

カシュガルから10人乗りほどの小さなバスに乗り、アトゥシュまで行きます。
道路はかなり広くてきれいで快適で、50kmほどの道のりを1時間弱で着きました。
目指すソルタン・マザールと呼ばれるお墓は、町のちょっとはずれにあるようです。
1元(約16円)の市バスで行けるみたいなのですが、ガイドブックには本数がかなり少ないのでタクシーをチャーターして行った方がいいと書いてある。
ためしに交渉してみると往復で10元だと言う。
となると一人5元なので悪くないんで乗ろうかと思いましたが、ちょうど向こうからバスがやってくるのが見えます。
タクシーのおっちゃん、ごめん、バスで行きます。

ソルタン・マザールには15分ほどで着きます。
入場料に10元(約160円)とられますが、その価値は全くないほどの小さくしょぼいものでした。
実は「マスターキートン」に出てきたと言っても、僕はどのように登場したのかも覚えていないく、その程度の思い入れでは感動しようにもできないってもんです。
とりあえず写真だけ撮っておきます。

ソルタン・マザールの隣には大きなモスクがあったのでついでにそっちも覗いてみることにします。
そこに入ると地元のウイグル族の女の人たちから声をかけられました。
彼女らは中国語を話せないのですが、その中に小学生くらいの女の子がいて、学校で習っているのか一人だけ中国語を話すことができました。
僕はもちろん話せないのですが、T君は中国語がぺらぺらなので彼女と話をします。
すると向こうも外国人が珍しく興味があるのかいろいろと話しかけてきます。
そして、モスクを出るとスイカをご馳走してくれます。
いつも思うのですが、やはり言葉を話せると旅がさらにおもしろくなりますね。
そうは言ってもなかなか言葉を覚えない僕ではありますが‥‥。

そのように彼女らとしばらく過ごしていると、一人の警察官が近寄ってきました。
そして、僕らに向かってパスポートを見せるように言ってきます。
単なるチェックかなと思って渡すと、誰かと携帯電話で話しながら手帳にパスポート番号などを書き写していきます。
それが済んで、僕らを解放してくれるのかと思ったのですが、パスポートのコピーをとりたいので一緒に近くの警察署まで来てくれないかと言ってきました。
時間もあったし、断るわけにもいかないので行くことにします。
そして、パトカー!!に乗り込みます。
中国にてパトカー初体験です。
日本でもパトカーに乗るようなことはなかった‥‥はず。
ちょっと嬉しいです。
5分ほどで警察署に着きます。
中に入り、会議室のような所へ通され、椅子に掛けて待つように言われます。
しばらくすると二人の警察官が部屋に来て、パスポートを出すように言います。
彼らはパスポートをぺらぺらとめくり見ています。
しかし、パスポートのコピーをとるって言ったわりには、それを持ってどこかへ行こうとする素振りは見せません。
ちょっといやな雰囲気。
すると新たに二名の警察官が部屋に入ってきて、全員で四名になります。
全く笑顔はなし。
ピーンっと張り詰めた空気が部屋を覆います。
完全にいやな雰囲気。
英語が話せない警察官は、中国語でT君に話しかけます。
T君がそれに答えます。
するとまた警察官が何か言ってきます。
T君がまたそれに答えます。
なんだなんだこのなんとも言えないいやな空気は。
警察官はなおもしつこく質問し続けます。
T君が僕に言うには、彼らは僕らがここにきた目的はなんだということを執拗に訊いてくるようなのです。
僕らは、「観光だ。」と言うしかありません。
こんななにもない田舎町に外国人がいるのはおかしいと思っているのかもしれませんが、僕らがテロリストなわけないじゃないですか〜。
それでも警察官は難しい顔をして座っています。
ピーン。
空気というものの存在をまざまざと実感できます。
そして、しばらくして何か一言話し、会議室に一人だけ残り、後の三人はパスポートを持って部屋から出て行きました。
T君はほっとした顔をして、「どうやら疑いは晴れたみたいだよ。」と言ってきました。
その言葉を証明するかのように、残った一人の警察官は笑顔を見せ世間話をしてきます。
いや〜、ほんとほっとしました。
しかし、これがもし中国語を話せない僕一人だったらどうなっていたのでしょうね。

警察署からカシュガル行きのバス乗り場までパトカーで送ってくれました。
ちょっとドキドキしましたが、帰りのバス代1元も節約できたことだし、なかなかおもしろい体験でした。
もうパトカーに乗るのはごめんですけど。
| sin | 中国 | 20:52 | comments(4) | trackbacks(0) |


ウイグル地区の西南部、タクラマカン砂漠とコンロン山脈に挟まれた場所にあるオアシス都市ホータンに来ました。
カシュガル朝9時半発のバスに乗ってきたのですが、10時間もかかりけっこう退屈してつらかったです。
また途中、警察により検問がたくさんあり、その度に時間をとられイライラしました。
日本ではチベットほどは知られていませんが、ここウイグルも独立を求める気持ちが強く、オリンピックの時期を狙ったテロを警戒しているのでしょう。

ホータンは、特産品として絨毯と玉で有名な町です。
特に玉は古くから有名で、街中にはたくさんの玉の店があります。
どこを見ても、玉、玉、玉、という字ばかり目に入り、こんなに店があってやっていけるのかと思いますが、それが特産品というものなのでしょうか。
そして、ここでまた有名なのが日曜日に町の東部で開かれるバザールなのです。
それを見るために日曜日にあわせてここに来たのです。
実際に見てみるとその盛り上がりはなかなかのものがあります。
先週の日曜日にはカシュガルでもバザールを見てきましたが、そちらよりも活気があるように思います。
人や荷物を積んだロバ車が通りを行き交い、路上にはいろんな種類の物を扱う屋台が立ち並びます。
もちろん石を扱う店もあります。
僕にとってはどう見てもただの石なのですが、おっちゃんらが真剣な顔つきで品定めしている光景はどこかユーモラスなものがあります。
そして、もちろん食べ物を扱う屋台もたくさんあります。
食べることが大好きな僕には、これがバザールで一番重要なものかもしれません。

ここのバザールは、ウイグル人によるウイグル人のためのものです。
漢族の人はいません。
どんどんとウイグルらしさがなくなっている中にあって、こういったものが昔と変わらず残っているというのは嬉しいものがあります。
またウイグルのバザールには売り手にもたくさんの女性が活躍しています。
最初はそのことになんの違和感も感じずにいたのですが、よく考えれば今まで旅したイスラム圏の国ではほとんど男の人しかいなかったのです。
これはやっぱり中国であるからなのでしょうか。
僕としてはやはり女性の姿が見えたほうがいいですね。
しかし、残念なことにここの人はあんまりフレンドリーではないように思えるんです。
もちろん中には笑顔で相手をしてくれる人もいるのですが、全体的に見ると商売熱心というか、買う気がなけりゃ相手なんかしてられないよっという感じのちょっと張り詰めた雰囲気が漂っているのです。
今までのイスラム圏のバザールでは、活気溢れる中にも、なんかこうのんびりとしたものを感じたもんですけれど。
これもまた中国にあるからなのでしょうか。
まぁ、買う気もなく興味本位でぶらぶらとしている旅行者なんて、確かに店から見たら迷惑以外の何者でもないかもしれないんですが‥‥。
| sin | 中国 | 22:29 | comments(4) | trackbacks(0) |


再びカシュガル。
トータルするともう10日間ほどここに滞在しています。
なぜこんなに長くいるのか。
それは、ビザのためなんです。
僕は中国にノービザで入国しているのです。
パキスタンで取得しようかと思ったのですが、5月くらいよりオリンピックを控え中国政府がビザの発給の条件を厳しくしたのです。
今までは証明写真が一枚あれば良かったものの、出入国のエアーチケット、入国時に泊まる宿の予約証明書などが必要になったのです。
さらにそこまでして、滞在期間が1ヶ月のものしかくれないのです。
このため中国の旅をあきらめた欧米人のツーリストにもパキスタンで何人か会いました。
しかし、日本人には15日間ならビザ無しでも滞在できるという特権があるのです。
ほんと日本のパスポートは旅をする上で最強のアイテムだと思います。
日本人はビザがいらない、ビザの値段が安い、申請してからビザをもらえるまでの期間が短い、というよう国がよくあります。
ODAなででお金を出しているということなどが原因だと思いますが、それほど日本とういう国が世界で好印象を持たれているということの証ではないでしょうか。
多分、日本に対して悪い印象を持っているのは、中国と韓国ぐらいではないでしょうか。
そして、逆に旅をしにくいパスポートと言えば、やはりアメリカでしょう。
アメリカ人だけビザが必要、ビザ代が高いということはよくありますから。
どんな国でもアメリカの文化は大好きですが、国はほんとうに嫌われていますね。
そんなアメリカの軍事基地がたくさんあり、戦争の度にお金を提供し、言いなりになっている仲の良い国が日本であるというのは世界中には知られていないのでしょうかねぇ。
そう考えると日本の外交も捨てたもんじゃない?

話はそれましたが、そんな訳でビザ無しで中国に入国できたのですが、問題もあります。
それは広大な国土を持つ中国、15日間では短すぎるということなのです。
なのでなんとしても1ヶ月のビザを取りたいのです。
正式にはノービザで入った者は、延長が認められていないのですが、実際には不思議なことに一ヶ月のビザをもらえるのです。
それは大都市では難しく、地方の小さな町の方が貰えやすいという傾向がありようです。
ここカシュガルは貰えるらしいとの噂は聞いていたのですが、それでもちょっと心配でありました。
それはやはりオリンピックのためです。
オリンピックのためにいつ規則が変更になってもおかしくない状況だからです。
果たして貰えるのか。
もし駄目だった場合は、カシュガルの西にあるここもまた日本人はノービザ入国が可能な国キルギスタンに行こうと考えていました。
旅の予定は変わりますが、それはそれで楽しいかと。
そして、先週の金曜日におそるおそるといった感じで、公安外事所という所を訪ね一ヶ月のビザを貰えるか訊いたのでした。
すると駄目って言われてしまったのです。
あちゃ〜と思ったのですが、よくよく話を聞いてみると、15日の滞在期限がまだ1週間以上残っているので早すぎるといったことでした。
そして、火曜日なら受け付けるということなので、昨日申請してきたのです。
パスポートの写真のページ、入国スタンプのページのコピー、泊まっている宿の領収書のコピーだけを用意するだけの簡単なもので、あっさりと受理してくれました。
しかし、ここは中国。
実際に、貰えるまで安心できません。

そして、今日、再び公安外事所へ。
ちょっとドキドキして入り口をくぐります。
そこにいた係員にビザを受け取りに来たのだと告げます。
すると僕の心配をよそに、あっさりと昨日預けてあったパスポートを渡してくれます。
そこには8月31日まで有効のビザがしっかりと貼られています。
よっしゃー!!
中国ビザ、ゲットー!!!
| sin | 中国 | 22:54 | comments(0) | trackbacks(0) |


ビザも取れたことだし、チベットの旅に挑戦してみることに。
ここは西チベットへの玄関口へとなっているのです。
チベットは3月に起こった暴動がきっかけでしばらく外国人の訪問が許されていなかったのですが、6月末に開放されたようなのです。
しかし、それはラサに限ったことであって、それ以外の場所をバスで旅するのは警察のチェックもあり難しいという噂も聞いていました。
実際にカシュガルに滞在している間に、チベットに行ってきた、もしくはこれからチベットに向かうという人に出会うことはありませんでした。
しかし、僕としては西チベットにあるチベット仏教の聖地カイラス山をぜひとも見てみたかったのです。
それで、とにかく駄目もとでチベットに向かうことにしたのです。

まずここからバスで6時間ほどの場所にあるイエチョンという町に行きます。
その町の郊外から西チベットの町アリへのバスが出ているのです。
ここはこの前訪れたホータンへ行く道中にあるので、一度通っています。
しかし、その数日前と比べてあきらかに警察による検問は厳しくなっています。
バスは何度も止められ、車内に警察官が乗り込んできて身分証明書をチェックしていきます。
こういう事は前回もあったのですが、今回は僕だけバスから降ろされ、名前やパスポート番号などを台帳に控えられます。
そして、今からどこへ向かうのかと訊いてきます。
イエチョンと答えると何しに行くのだと疑いを抱かれるかと思いますが、乗ってきたバスを見られれば分かることなので正直に答えます。
しかし、警察官はそれをまた書き込むだけで問題はありませんでした。

イエチョンに着き、市バスに乗り、郊外のアーバンと呼ばれる所に向かいます。
そこはチベットへと続く道の出発点となっているのです。
10分ほどで市バスを降り、バイクの後ろに荷台がついている乗り物に乗り換え、更に5分ほど。
着いた場所は、道路を挟んだ両側に何軒かの商店や宿が立ち並ぶなんともわびしい場所でした。
ここから週に2、3便、不定期にアリ行きのバスが出ているらしいのです。
運が悪ければこの小さな何もない町で数日過ごさないといけない破目に陥るのです。
しかし、僕が着いた時にはそこにバスが止まっているじゃありませんか。
しかも、そのバスの横には客引きと思われる兄ちゃんが笑顔で、「アリ?」「アリ?」と僕を手招いて訊いてくるじゃありませんか。
そう、そう、僕はアリに行きたいんです〜。
喜び勇んで駆け寄ります。
しかし、その兄ちゃんは僕を近くで見ると、ちょっと怪訝な顔をして、「日本人?」と訊いてきました。
「そうだ。」と答えると、その兄ちゃん、残念そうな顔になりました。
そして、「外国人は駄目なんだ。」と言うじゃありませんか。
ええ〜!?今までは日本人は乗れるって聞いていたのに。
「今はオリンピックがあるからポリスチェックが厳しく乗せることはできないんだ。来年は大丈夫のはずだから、来年また来なさい。」
う〜ん、来年っていったって‥‥。
なんとかならないものなのか。
バス以外にもここからアリに向かうトラックをヒッチハイクして行くという方法もあります。
これを試してみるべきか。
でもバスも駄目ならトラックも厳しいような気がするし‥‥。
とりあえずここの宿に泊まって考えてみよう。
しかし、‥‥泊まれません。
泊めてくれません。
どうやら外国人は泊めてはいけないというお達しが出ているようなのです。
がっくりです。
もう、あきらめよう‥‥。
こんなことぐらいであきらめるなんて少し情けない気もしますが、しょせん僕はそのくらいの根性無しなんですよ〜。
はぁ〜。

オリンピックの馬鹿野郎〜!!!
| sin | 中国 | 20:52 | comments(4) | trackbacks(0) |


チベットをあきらめ、カシュガルから北に列車で9時間ほど行ったところにあるクチャに移動してきました。
昼間の移動だったため寝台車を使わず座席に座ったのですが、空調も効きもよく席もゆったりしていて快適でした。
また中国人のマナーも良くなっていたのでちょっと驚きました。
ごみは用意された鉄のトレーに入れます。
相変わらず向日葵の種を食べるのが大好きですが、その食べかすはきっちりとそのトレーの中に入れます。
昔は床が向日葵の種の食べかすだらけだったことを考えると信じられない思いです。
中国、確実に変わってきています。

そして、今回、ここクチャでは郊外にある遺跡を車をチャーターして観光することにしました。
もともとここの遺跡には全く興味がなく、市内だけをぶらぶらと散策しようかと考えていたのですが、カシュガルからの同じ列車に乗っていた日本人男性Kさんに一緒に行かないかと誘われたのです。
車のチャーター代が400元(約6500円)に加え、遺跡の入場料が全部で100元くらいかかってしまい費用が高くつくので迷いましたが、ここで誘われたのも何かの縁だと思い行くことにしたのです。
朝8時半頃、車が宿まで迎えにき観光が始まりました。
まず訪れたのがスベシ古城です。
ここは3〜5世紀に造られた仏教寺院の跡です。
長い年月による風化によりその原型はほとんど留めていません。
しかし、それはそれで周りの荒涼とした風景とあいまい、それはそれでなかなか趣きがあり良かったです。
その後、塩水渓谷と呼ばれる水がなく河原に塩がふいている場所を見学したりしながら、本日のメインであるクズル石窟に行きます。
ここは岸壁に長さ2kmにわたり、3〜9世紀にかけて造られた236の石窟があるのです。
石窟の中には仏教に関する絵が描かれており、ガイドの案内で10ヶ所ぐらいを見て回れるのです。
しかし、絵は剥がれてしまっていてほとんど残っていなく、50元(約800円)もとるくせに全くたいしたことがない。
わざわざ高い金を払ってこれかいと、どんどん上昇する気温とあいまい、ぐったりと疲れが押し寄せてきます。
その後も遺跡や市内にあるモスクなどに連れていかれますが、ほとんど興味が湧いてきません。
だんだんとイライラしてきます。
もう入場料を払うのも馬鹿らしくなり外からだけ見たりします。
もう早く終わってくれないかなと思ってきます。
そして、夕方、4時頃、観光は終了しました。
ほんと疲れました。
たまにこうしたツアーのようなものに参加するのですが、大抵いつも後悔することが多いです。
車に乗っているだけで連れていってくれるので楽なのですが、もし見に行った場所がたいした所じゃなかったら退屈で退屈でたまらなくなります。
もし自力で行ったなら、そういう場合でも人に道を訊いてローカルバスに乗ったりするその過程を楽しむことができます。
そして、苦労して辿り着いた末にようやく遺跡を見ることができた時の喜びは格別なものがあります。
たとえ、それがたいしたものでなかったとしても。
また、ツアーに参加するとお金がけっこうかかってしまうことが多いことが、さらに満足するレベルを引き上げているように思います。
これだけ払って、結局これかいと‥‥。
まぁ、ケチと言えばケチなんですけど。

観光を終え、精神的、体力的に疲れ町を歩いているとマッサージ屋の看板があります。
中国ではマッサージ屋を兼ねたシャワー屋を街中にたくさん見かけることができます。
メニューを見ると、シャワー浴びて、サウナ入って、垢すりしてもらって、耳掃除してもらって、マッサージしてもらって‥‥これで88元(約1500円)か。
ちょっと高いなぁ。
でも、今日は疲れたし、やってもらっちゃおうか。
遺跡の入場料はケチるんですが、こういったことにはお金を払っちゃうんですよね。
お金の使い方、間違ってますかね。
まぁ、物の価値観は人それぞれってことで‥‥。
| sin | 中国 | 21:56 | comments(0) | trackbacks(1) |


昨晩11時発の列車に乗り蘭州に向かっています。
およそ35時間におよぶ長旅です。
しかし、実はそれ程苦痛ではありません。
何故ならば寝台列車に乗っているからなのです。
寝台には「硬」と「軟」の2種類があるのですが、安い方の「硬」でも薄い布団がひかれ毛布や枕もありかなり快適です。
インドの硬い寝台列車とは偉い違いです。
その分、値段は高いのですが‥‥。
今、乗っている列車には空調がなく昨晩はちょっと暑くて寝苦しかったのですが、今日は窓を開けているとちょっと寒いくらいの気温です。
空は曇ってはいるものの別に高度が上がったわけでもないのにこれだけ涼しくなるってのもなにか不思議な感じがします。
窓の外には緑の木が一本も生えていない土漠の荒涼とした風景が広がっています。
時々止まる駅の周辺だけに緑があり家があるって感じです。
こんな所によく人が住んでいるものだと思います。
そして、もしここでふと列車を途中下車したらどうなるんだろとも思います。
なんかおもしろい出会いや体験をできるのでしょうか。
そういった計画性のない自由気ままな旅にもちょっと憧れます。
もちろん、列車は降りないですけど。

長い時間を本を読んだりしてベッドの上でごろごろとのんびりして過ごしますが、やはり車内での一番の楽しみは食事となってきます。
中国の列車には必ずお湯が用意されているので、カップラーメンを食べることもできます。
久しぶりに食べるカップラーメンはかなり美味いです。
そして、数種類の炒め物とご飯がセットになった弁当も売りにきます。
値段はやはりちょっと高いのですが、列車の中で食べる中華料理は格別なものがあります。
後、事前にスーパーで買っておいた果物やお菓子などもちょくちょく食ってしまいます。
ほとんど動かないのに食欲だけは旺盛にあります。
中国に入ってから連日食べまくっているので、胃袋、確実に大きくなっていますね。
と言うか、中国は食べるしかないでしょう。

そんな感じでのんびり穏やかな中国列車の旅です。
| sin | 中国 | 14:08 | comments(0) | trackbacks(0) |
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