たびタビ旅
旅日記。中南米、アジアなどの2年4ヶ月半の旅。

一定期間更新がないため広告を表示しています

| スポンサードリンク | - | | - | - |


パキスタンへ向かいます。
国境までは昨日来ていたので、迷うことなく到着します。
出入国手続きではインド側のポリスチェックで賄賂の要求があるとも聞きましたが、全く問題なく通過できました。
これでインドを去り、パキスタン入国です。
パキスタンには7年前に入国直前までいきながら、911NYテロの影響により旅をすることができなかった苦い記憶があります。
7年越しの入国となり、喜びもひとしおです。
国境からラホール行きのバスに乗り込みます。
バスは真ん中に仕切りがあり、前部が女性用、後部が男性用と分けられています。
そして、街中には女の人の姿をあまり見かけません。
男の世界です。
再びイスラムの世界にやって来たという実感が湧きます。
ラホールの駅前には1時間ほどで到着します。
そこでバスを乗り換え、「リーガルインターネットイン」という宿に向かいます。
ここは数年前にあらわれたラホールの救世主的宿なのです。
それまではラホールにはどろぼう宿ばかりで安心して泊まれる宿がほとんどなかったのです。
夜中に寝ていると天井板が開いたり、タンスが動いてその後ろに隠されていた壁に開いた穴から泥棒が入ってくるというような噂話が旅人の間でまことしやかに語られていたのです。
そのためラホールに泊まらず通過してしまうといった旅人も多かったようです。
そして、もっと恐ろしいことに入ってくるのは泥棒ではなく、屈強なホモの男たちというバリエーションの話もあったのです。
そんな町に安心して泊まれる宿としてさっそうと登場したのが「リーガル〜」なのです。
あまり設備などは良くないのですが、尻の穴を痛くすることを考えれば、そんなことに文句は言えないでしょう。
いや〜もてる男ってのはいろいろと心配事も多く大変であります。
| sin | パキスタン | 22:39 | comments(4) | trackbacks(0) |


ラホールにはあまり観光する所がないのですが、その中でもハイライトとも言うべき催しが木曜日の晩に行われるスーフィーダンスです。
スーフィズムとはイスラム神秘主義のことで、神の愛、神との合一を強調する独特の哲学を持っています。
その神との合一を目指すための手段として行われるもののひとつがスーフィーダンスなのです。
これはトルコやエジプトなどでも行われており、僕は昔一度エジプトで見たことがあります。
その時は、スカートのような衣装を着たおっちゃんが、30分以上もくるくるとバレリーナのように回り続けるとうようななかなか人間離れした見ごたえのあるものでした。
はたしてパキスタンのものはどうなのでしょうか。

夜9時頃、宿に泊まっている10数名のツーリストと共に、宿の従業員の案内でオートリクシャーに乗り会場へ向かいます。
狭い路地に面した会場は、思っていたよりも小さく10m四方ぐらいでしょうか。
そこはぎっしりとたくさんの人で埋め尽くされています。
そして、全員おとこです。
ただでさえ気温が高いのに、さらに暑苦しさが増します。
しばらく待っていると10時頃に太鼓を持った二人の兄ちゃんが登場します。
そして、細いばちを両手に持ち叩き始めます。
周りに座っている男たちは、マリファナを吸い、その音にあわせ小刻みに体を揺らします。
さらに興に乗ってくると頭を大きく振り始める人もいます。
しかし、ダンスと名がつくものの踊りを踊る人はいません。
ただただ太鼓のリズムにあわせて体を揺らし続けるだけです。
見ている僕にとってはそんなにおもしろと思うようなものではありません。
パキスタン版トランスパーティーといったところでしょうか。
あまり娯楽がなさそうなパキスタン。
週一度の男たちのお楽しみといったところでしょうか。
| sin | パキスタン | 23:27 | comments(0) | trackbacks(4) |


ラホールはかなり暑いです。
夜でも30度を下回ることはなく、昼は40度近くになっているんではないでしょうか。
食欲もなくなってくるのですが、嬉しいことに宿の近くに美味しいアイスクリーム屋があるのです。
20種類くらいのアイスクリームがあり4スクープで40ルピー(約55円)といったお値段。
この店にきて4種類の味を選び、それをスプーンですくってその冷たさ甘さをじんわりと感じながら食べるというのが、この暑いラホールでの至福のひと時であります。
わたくし、冷たいもの、甘いもの、大好きであります。
そして、嬉しいことに?このアイスクリーム屋の客は全員男性です。
髭をたくわえたむさ苦しいおっさんどもが、みんなでアイスクリームをほお張る光景はなかなか微笑ましいものがあります。
どうやらこの店は女性は入店できないようです。
甘いものと言えば女性という概念の強い日本ではとても考えられないことです。
僕は、そんな日本で今まで何度も悔しい思いをしてきました。
僕はアルコールも飲みますが、甘いものも大好きです。
パフェなんかも大好き。
アイスクリーム、生クリーム、果物などが奏でる豊かなハーモニー。
なんて心浮き立つ魅力的な食べ物なんでしょう。
しかし!!です。
これを男が食おうとする時、日本はなんて心の狭い国となるのか。
男一人ではパフェ専門店にはとてもじゃないけど入れないし、普通の喫茶店でもパフェを注文することの難しさ。
けっして男がひとりでパフェを食べてはいけないという規則があるわけではありません。
しかし、そこには厳然たる暗黙の社会のルールといったものが存在することを否定することはできません。
カラフルなさまざまなパフェのサンプルが並んだショーケースのある華やかな店の前を何度悔しい思いをして通り過ぎたことでしょう。
僕はパフェをもっと気軽にもっとどうどうと何も後ろめたい気持ちなしで食いたいんだ〜!!
とそんな思いをある女の子に話したところ、確かにそうだけれど女の子はひとりでは吉野家や立ち食いソバ屋には入りにくいのよと言われました。
そう言われれば、た、たしかに‥‥。
パフェvs牛丼・立ち食いソバ。
はたしてどっちを取るべきなのか。
難しい問題であります。
ただただ、はやく日本にも自由で平等な社会が訪れることを祈るのみです。
あぁ、パフェ‥‥。
| sin | パキスタン | 23:45 | comments(0) | trackbacks(0) |


宿の人にラホール郊外でフェスティバルがあるが行かないかと誘われます。
なにやらスーフィーダンスのようなものが行われるらしい。
せっかくの機会だから参加してみることにします。
夕方の3時半頃、同じ宿に泊まっている10名ほどの人と、案内の宿の人に連れられ、そのフェスティバルが開かれるという場所に向かいます。
オートリクシャーに乗ること15分ほど、着いたのかと思うとそこはバスターミナル。
そこでバスに乗らされます。
そして、そこから1時間。
こんなに遠いとは思わなかった。
小旅行です。
バスを降りるとそこは大勢の人で賑わっています。
食べ物や雑貨を売る屋台もたくさん並んでいます。
サーカスのテントのようなものも見えます。
おぉ、なんかいい感じじゃないですか。
よし、楽しむかっと思うと、案内人の宿の人は、そこを通り過ぎどんどん先へと進んでいきます。
みるみる辺りは普通の住宅街になり、先ほどの喧騒が嘘のような静けさです。
あれ、さっきの場所じゃなかったのか。
いったいどこに行くのだろうと思っていると、一軒の家に連れ込まれます。
どうやら案内人の彼の家みたいです。
僕らは部屋に通され、ジュースやスイカをご馳走になります。
そして、パキスタンでは有名な選手だという彼のお兄さんの写真などを見せられます。
う〜ん、好意でしてくれるのはありがたいのですが、筋肉ムキムキの男の写真をみせられてもねぇ。
なかなかフェスティバルに行こうとせず、みんななんとなくそわそわしてきます。
本当に行くのか?
そして、まだまだ出発しそうにない案内人に催促し、いよいよ出発することになります。
連れて行かれた場所はやはりさっきバスを降りた場所でありました。
いったいあの家はなんだったのであろうか。
僕らはさらに店が両側にぎっしりと並ぶ細い路地を通って、奥へと進んでいきます。
するとさらに人ごみの多い広場に到着しました。
そこには小さな観覧車や、小さなジェットコースターなどがあります。
ステージもあり、そこでは女の人が踊っています。
肩を露出させたかなりセクシーな衣装を着ています。
いいじゃありませんか。
パキスタン人のおっちゃんがステージ前に群がっています。
あれ〜でもイスラムの国パキスタンでこんなことが許されるのか?
よ〜く、よ〜く、その女の人を見てみます。
よ〜く、よ〜く。
はい、男でした。
胸もちゃんとあり綺麗なんですけどね〜。
しかし、これでいいのかパキスタン人男性諸君!!
そして、観覧車。
観覧車というと日本ではゆっくりと動き高い所から遠くの景色を楽しむといったものです。
アベックなんかがいちゃいちゃしちゃったりしてね。
しかし、ここの観覧車は、速い、速い。
ぐるんぐるんぐるんぐるん回っています。
まるで絶叫マシン。
こんなんじゃアベックもロマンチックな気分に浸りようがありません。
パキスタン、恐るべし。
その後、夕食をそこで食べたりした後、夜9時頃帰路につきました。
あっ、スーフィーダンスは?
これがフェスティバルってものなのか。
想像していたものとは全く違っていましたが、まぁこれはこれで楽しかったのでヨシとしましょうか。
| sin | パキスタン | 00:27 | comments(0) | trackbacks(1) |


ラホールは強烈に暑いです。
それに停電もあります。
これがつらい。
この停電は計画されたもので、一日の決まった時間に1時間づつ起こります。
そして、夜中にも夜12〜1時、4〜5時と停電します。
ただでさえ30度以上かるくあり暑いのに、停電のため天井についたファンが止まるとこれはまさに地獄であります。
うだるような暑さのため、確実に目が覚めます。
そして、ベッドの上で早く電気よこいこいと祈りながら、ただただ悶え苦しむのです。
それは僕だけではなく、隣のベッドからもまたうめき苦しむ声が聞こえてくるのです。
ぐっすり眠りてぇ。

そんな暑いラホールで昼間宿でぐうたらしていると、同室のアメリカ人の男の子からプールへ行かないかと誘われました。
もちろんオッケーします。
すぐに水着を用意し、そのアメリカ人とともにオートリクシャーに乗り向かいます。
20分ほどで着いた場所は、「インターナショナルクラブ」という名のちょっとリッチな感じのする、テニスコートなどもある小さなスポーツ施設のような所。
プールも長さ10〜15mくらいしかないような小さなものですが、冷たい水がなみなみとたくわえられていることには変わりありません。
ここの施設はラホールで働く欧米人を対象にしたものらしく、ブールサイドでは何人かの白人がビールを飲みながら寛いでいます。
僕は更衣室で水着に着替え、さっそく飛び込みます。
ザブ〜ン!!
ひぁ〜つめてぇ、気持ちいい〜。
さんさんと輝く太陽の下、平泳ぎで泳いじゃったりします。
いや〜、暑いってのもいいもんです。
| sin | パキスタン | 19:17 | comments(3) | trackbacks(2) |


バスで6時間ほどかけペシャワールに移動。
400ルピー払い(約560円)払い大型のAC付のバスに乗ります。
しかし、途中でエアコンが効かなくなり、窓を開けます。
いったいなんのためのAC付だったのか。
そのバスは昔、日本で使われていたものらしく車内のあちこちに日本語の表示が見えます。
パキスタン人は自動車は日本製が一番だと思い込んでいるふしがり、これは日本製だとさかんにアピールしたがります。
このバスに乗るときにも、これは日本製だと得意げに言われました。
町で走っている車にも日本からの中古車なのか、日本語の会社名などが入ったものがたくさんあります。
また、日本語のようで日本語でない文字が書かれている車もあります。
どうやらそれはパキスタン人が日本語をみようみまねでペイントしたもののようです。
偽装日本車なのか。
まぁ、そこまでして日本製ということをステータスとしてくれるのは、日本人として嬉しいものがありますが。

ペシャワールは、アフガニスタンとの国境までわずか50kmに位置する世界最大の部族と言われるパターン族の勢力圏にある町です。
ラホールとはちょっと違ったちょっと危険の香りも漂う町です。
アフガニスタン国境近くにはパキスタン政府の力が及ばないトライバルエリアと呼ばれる地区もあります。
そこには麻薬や武器を扱うマーケットもあると言います。
そんな訳でちょっと警戒して来たのですが、実際町の人々はすごくフレンドリーです。
歩いているとあちこちから声を掛けられます。
そして、写真をたくさん撮らされます。
ちょっとバングラデシュを思い出しました。
そして、ここの人たちは緑茶を飲みます。
パキスタン、インド、バングラデシュではお茶というとほとんどがミルクティーなので、お茶屋に入り久しぶりに熱く黄色い緑茶をすするとほっとします。
日本を思い出します。
いい町ですね。
また、この町を走る市バスはギンギラギンにデコレーションされています。
空気抵抗、乗り心地など全く考えていないその無駄の極致とも言えるそのデザイン。
ここまでくりゃ芸術です。

何か食べようと夜9時ごろハイバルバザールという賑やかな場所を歩きます。
すごい人だかりです。
そんな中人をかき分け歩いていると、僕のすぐ前を歩いていた青年が突然立ち止まります。
なんだこいつじゃまだなぁと思い、ふと周りを見ると何人かの子供たちが僕のウェストポーチのチャックを開けようとしているじゃありませんか。
いやいややっぱり油断はできません。
| sin | パキスタン | 20:36 | comments(0) | trackbacks(0) |


ペシャワール周辺は、その昔、ガンダーラと呼ばれていました。
そう、ガンダ〜ラ♪ガンダ〜ラ♪の歌で有名なあのガンダーラです。
1〜5世紀にギリシア美術の影響を受けて仏教芸術が発達した場所であります。
そのガンダーラの遺跡タフティバーイがペシャワールの北東約50kmの場所にあるので行ってみることにします。
ミニバスに乗り2時間で町に着きます。
町からオートリクシャーに乗り遺跡のある山の麓まで行きます。
チケット売場があるのかと探しますが、見当たらないのでそのまま階段を上っていきます。
大きな木など影になるようなものはなく、太陽の光が容赦なく照りつけふらふらしてきます。
よたよたと15分ほど歩き続けると右手前方に遺跡が見えてきます。
そこの入り口にもチケット売場はありません。
一応世界遺産なのに無料とはいいじゃありませんか。
‥‥と思ったら、おっちゃんがどこからともなく駆け寄ってきて、何か文字が書かれたぼろぼろの紙を僕に見せ、入場料200ルピー(約320円)払ってくれといいます。
なんか怪しいのもの確かに200という数字をそこに見ることができるし、パキスタンの他の遺跡の入場料もそのくらいの値段なので、そんなものなのかと払うことにします。
しかし、チケットをくれようとはしません。
なのでチケットをくれと請求すると、後で渡すと言われます。
またまた怪しいなと思いますが、とりあえずその言葉を信じ遺跡を見て回ることにします。
遺跡が造られたのは5世紀以前とかなり古いにもかかわらず、意外としっかりと建物が残っており保存状態は良いです。
修復具合もやりすぎってほどでなく、ちょうどいい感じです。
おっちゃんが横についていろいろ説明してくれます。
その話によるとここの修復保存には日本の政府・大学がかなり協力しているようです。
確かに日本語表記の案内板なども多く目につきます。
そんなことを聞くとちょっと嬉しくなります。
そして、この遺跡には観光客がほとんどいません。
世界遺産を独り占めってのも気持ちがいいもんです。
ゆっくりと一時間くらいかけて見て回り、帰ることにします。
あっ、そう言えばチケットをまだもらっていなかったなと思いおっちゃんに催促すると、覚えていたかというようなちょっと悔しそうな顔をしてチケットを渡してくれます。
そのチケットには確かに外国人用200ルピーと印刷されています。
チケット代が必要なのは本当だったようです。
しかし、もし僕がおっちゃんにチケットを要求しなければ、200ルピーはおっちゃんの懐に入ってしまったのでしょうか。
どっちにしても僕が200ルピーを払うことには変わりないので問題はないのですが、おっちゃんのためにチケットはもらわなかった方が良かったのか、はたまた遺跡保存のためにちゃんとお金が使われるようチケットをもらっておいた方が良かったのか、悩むところです。
というより、チケットはいらないから100ルピーにまけろっていうやつが一番良かったのか。
せこいね‥‥僕も。
| sin | パキスタン | 21:02 | comments(2) | trackbacks(0) |


ペシャワールからパキスタン北西の町チトラールまで12時間かけての移動。
夜6時にバスターミナルに行きます。
カウンターでチケットを買い、どんなバスなのかとちょっと心配しながら出発場所に行くと、そこで僕を出迎えたのはハイエース。
あのトヨタのライトバンです。
中には運転席を含めて4列シートが備え付けられています。
僕は後ろから2列目の真ん中に座らされます。
一列に三人座ります。
座席間は狭いものの横にはある程度余裕がありこれなら我慢できそうです。
と思ったら、さらに人が詰め込まれ一列4名に。
そんなに甘くはないですね。
また乗客のほとんどが男ってものまたつらい。
狭い車内にがたいのいい男たちがぎゅうぎゅうに。
これが12時間‥‥つらいねぇ。

車は夜8時に出発。
舗装された道が続き、乗り心地はそれほど悪くはありません。
これならなんとか耐えられるかも。
しかし、旅の神様はそんなに優しくはありません。
下腹部になにやら「ぐっ」とくるものがあります。
おかしい、それなら朝一度しっかりしたはずなのですが。
それも、すっごく健康的なものを。
なんでだろう。
いやな感じがします。
少しいやな汗が出てきます。
そして、3時間ほど走った夜11時、車は休憩のため食堂に停車します。
車を降りるとトイレに向かって一直線です。
ふぅ〜。
ほっと一息です。
しかし、下痢ってほどゆるいわけでもない。
単に食いすぎただけなのか。

車はその後もさらに走り続けます。
心配事もなくなった僕は、うつらうつらします。
しかし、座った席が窓側でなく両側にびちっと人に挟まれているので、熟睡ってわけにはなかなかいきません。
また、2、3時間ごとに車は休憩を取りその都度みんな手足を伸ばすために車から降りるので、その度に起きてしまうということになります。
長い夜です。

そして、夜3時ごろでしょうか。
またまたやってきました。
いやな感覚が下腹部に。
先ほどより数倍いやな感じです。
これは完全な下痢ってやつです。
やべぇです。
無心になり耐えます。
おさまったかなと思って少し安心すると、それはまたすぐにやってきます。
その感覚はどんどん狭まっていきます。
早く車よ休憩のために止まってくれ。
しかし、先ほどまであれほどたくさん休憩を取っていたように思うのに、なかなか止まってくれません。
4時を過ぎ辺りはうっすらと明るくなってきます。
車はいつの間にかすごい道を走っています。
道は大きな谷をジグザグに折り返しながら上へ上へと続いています。
その未舗装の道は、幅も車がすれ違えるかどうかというくらい狭く、さらに落ちたら確実に死が訪れるであろう断崖絶壁です。
その反面、そこからの雄大な山、谷の眺めはまた美しくもあります。
しかし、今の僕の心には「死」も「美」も全く入り込む余地はありません。
僕の心の中にある言葉はただ一つ、「トイレ」という文字だけです。
もう駄目だ。
何回運転手に声をかけて止めてもらおうとしたことでしょう。
いかん、もう限界だ。
そう思った瞬間、車は何軒か商店が立ち並ぶ道路脇に止まったのでした。
よ〜し!!
僕は車を降り、トイレに向かってかけ出したのでした。
ベルトをゆつめつつ‥‥。
| sin | パキスタン | 21:38 | comments(0) | trackbacks(0) |


大変な思いをしてきたチトラール。
ここにはとりたてて見る所もない小さな町なのですが、ここまで来た価値は充分あります。
その理由はただ一つ、涼しいということなのです。
ここは標高が1600mあまりあるのです。
もう暑く寝苦しい夜に怯えるひつようはないのです。
ただただなんの心配もせずむさぼるように眠ればいいのです。
これだけで幸せなのです。

この町でラホール、ペシャワールでも一緒の部屋に泊まっていた中国人バックパッカーのレン君とまた再会しました。
彼は北京に住む大学生で、中国、ネパール、インドと数ヶ月にわたり旅をしているようです。
僕はネパールで中国人バックパッカーをたくさん見かけましたが、こんなにも長くいろいろな国を旅している人にあったのは初めてです。
このレン君、パキスタン北部を馬で旅するのだとここで馬を探しているようななかなかおもしろいやつなのですが、さすがに中国人と言いたくなるほど料理の腕前もなかなかのものなのです。
ラホールの宿でも何回かご馳走になりました。
醤油とか調味料があればいいんだけどとか言いながら、塩だけで使い手際よく野菜をカットしそれを炒めたり、煮込んだりして料理してくれました。
そのレン君、今日も自炊しようかと誘ってくれます。
この町では他にも3人の日本人の旅行者と再会したので、全員で5人で食べることにします。(その内のひとりS君は、ペルーのクスコで会って以来5回目の再会となります。縁のある人にはあるもんです。)
料理の材料はいつもは野菜と卵だけってことが多いのですが、せっかく5人も集まったので鶏肉も使おうということになりました。
しかし、鶏肉を売っている所が見つからない。
ということで、宿の従業員の人に連れていってもらうことにしました。
そして、連れて行かれた店には、檻に入れられた鶏がたくさんいます。
するとそこの店主は「何羽?」って訊いてきます。
えっ?羽単位ですか‥‥。
ばら売りは‥‥駄目ですか‥。
どうしようか‥う〜む。
ちなみに一羽はいくら?
えっ、140ルピー(約230円)!?
意外と安いじゃありませんか。
ということでせっかくなので買ってみることにします。
今までいろんな国で鶏をさばく場面を見てきましたが、実際に買うのは初めてです。
店の兄ちゃんはナイフで鶏の首をかっ切ると箱の中に放り込みまs。
バタバタと鶏が暴れる音がしばらく聞こえてきます。
その内に音がしなくなると兄ちゃんは鶏は箱の中から取り出し、手際よく羽をむしり取り皮を剥いでいきます。
あっという間に、鶏から鶏肉のできあがりです。
ビニール袋に入れて渡してくれます。
それを手で触るとちょっとびっくり。
よく考えれば当たり前なんですが、その肉はあたたかいんです。
スーパーなどで買うそれは冷たくして置かれているから、肉といえば冷たいってイメージを持っていたんですよね。
改めて肉を食うってことは血の通った生き物を食べることなのだと実感しました。
だからといって菜食主義者になる気は全くないのですが‥‥。
だって美味しいんだもの。
にわとりさん、しっかりと僕の血と肉にさせていただきます。

レン君は、その鶏肉、野菜、卵を使い、チンジャオロース、卵とトマトの炒め物、トマトとチキンのスープなど5種類ほどの料理をほとんどひとりであっという間に作ってしまいました。
こんなにたくさんの種類を用意してしまうというのがさすがに中国人であります。
そして、それを大勢の人間で囲みながら食うのがまた中華料理の楽しみでもあります。
パキスタンにて中華料理。
楽しい夕食でありました。
| sin | パキスタン | 18:43 | comments(2) | trackbacks(3) |


チトラールのすぐ南にあるカラーシュバレーに移動します。
乗り合いジープで1時間ほど走ったところにあります。
チトラールよりさら高くなり標高は2000mあまりにもなります。
ここまでくると涼しいというよりちょっと寒いといった感じになり、水シャワーを浴びるのはちょっとした苦行のようになります。
ここにはカラーシュ族の人々が暮らしています。
イスラム教が強く浸透していったパキスタンの中で独自の文化を保ち続けている人々です。
彼らは文化だけではなく、その容姿も他のパキスタン人とは全く異なります。
アレクサンドロスの遠征軍の末裔と言われるくらい(実際はそうではないらしい)目が青くて金髪である人が多く、どこかヨーロッパに国の人たちといった感じがします。
そして、女性は肩まわりと袖、裾に赤や青や黄色など鮮やかなステッチがほどこされている黒いドレスを着て、頭には貝やコイン、ビーズなでで飾られた美しい頭飾りをしています。
ムスリムでないので彼女らは人目を避けることもなく、そんな彼女らの美しい姿を充分に堪能することができるのです。
やっぱり女の人は隠れちゃいけません。
方や男はというと、チトラール帽という独特の帽子を被っている人はいますが、それ以外は他のパキスタン人とほとんど一緒の服装であり、地味でまったく面白味がありません。
完全に女性の引き立て役になっています。
これはある意味男の鏡と言っていいのか?

そんなカラーシュバレーに来たのですが、嬉しいことにちょうど祭りが開かれます。
ここでは毎年5月の中頃に大きな祭りが開かれることで有名なのですが、今年は既に終わっており見ることは諦めていたのですが、なんと規模は小さいものの今日も開かれるというのです。
全く期待していなかったので嬉しいです。
どうやらカラーシュ族の人はお祭りが大好きでちょくちょくやっているようなのです。
1時前に祭りが開かれるという広場に行きます。
まだ集まっている人は少ないけれど、おっちゃん二人が首から小さな太鼓をぶら下げリズムを奏でています。
そして、そのリズムにあわせその周りを男女別に何人かで肩を組みぐるぐると回り踊ります。
難しい振り付けはなく、ただただ老若男女みんな楽しそうに笑い踊っています。
そして、ここでも目立つにはやはり女性です。
男は踊るというより立ち話をしていることの方が多く、踊りの中心はやはり女性になります。
一人でも綺麗な衣装なのに、それが大勢集まるとその光景は壮観なものがありまs。
思わず写真をパチリパチリ撮りまくってしまいます。
最初は少なかった人の数も時間が経つにつれどんどん増えていき、踊りの輪も大きくなっていきます。
これで小さい祭りっていうのですから、5月半ばに行われる祭りってのはいったいどんなものなのでしょう。
祭りは他には特別なことをするってこともあまりなく、同じように踊り続けるだけです。
それでも美しい女の子を見ているのは楽しく飽きません。
特に10代の女の子の可愛さは筆舌につくし難いものがあります。
おっちゃん、なんでも買ってあげようかと言っちゃいたくなります。
しかし、大人の女性はというとあんまり美人じゃないんです。
もちろん衣装は色鮮やかできれいなんですが、顔はしわが深く刻まれたおばちゃんなのです。
少女からあっという間におばちゃんになるといったかんじです。
美しい20代がないとも言えるかもしれません。
ここの女の子は10代で結婚するらしいのでそのせいか、はたまたDNAのせいなのかよく分かりませんが、不思議な感じがします。

祭りは夜8時ごろまで続きます。
夕方になると天気も曇り風も強く吹き始め少し肌寒くなってきましたが、それでもみんな心から楽しそうに笑顔を見せています。
ただ踊るってだけでこれだけ幸せそうに楽しめるってちょっと羨ましいなと思いました。
| sin | パキスタン | 20:18 | comments(0) | trackbacks(0) |
(C) 2017 ブログ JUGEM Some Rights Reserved.


CALENDAR
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031     
<< July 2017 >>
SPONSORED LINKS
RECOMMEND
SELECTED ENTRIES
RECENT COMMENTS
RECENT TRACKBACK
CATEGORIES
ARCHIVES
MOBILE
qrcode
LINKS
PROFILE
OTHERS