朝8時頃、目が覚めてベッドの上に横たわりながらしばらく本を読んだ後、部屋を出ます。
ホテルのレセプションの前を通り過ぎた辺りで、「おはようございます。」と日本語で話しかけられます。
同じ宿に泊まっているバングラデシュ人の男の人です。
ダッカに住んでいるらしいのですが、商売のためにここランガマティに来ているらしいのです。
この人もまた2年ほど前まで7年間ほど日本で働いていたということです。
しかし、それだけ長く日本に住んでいたにもかかわらず日本語はかなりたどたどしい。
一年間近くスペイン語圏の国々を旅していたのにほとんどスペイン語を話せない僕がそんなことを言えた義理でもないんですが。
そのおっちゃん、僕を朝食に誘ってくれます。
宿のすぐ横にある店に入ります。
バナナとクッキー、コーヒーを奢ってくれます。
しかし、このおっちゃん、身なりやその顔つきから怪しい雰囲気が漂いまくってます。
日本でなにやら悪さをしている不法滞在の外国人って感じです。
話せば話すほどその怪しさは増します。
新宿でよく遊んでいたというので、でもヤクザとか怖い人もたくさんいたでしょうと訊くと、ヤクザさん、全然怖くないよ、だってトモダチ、トモダチと言って、わははと笑います。
また日本に行きたいが難しいねと言うので理由を尋ねると、2年前新宿で飲み歩いていて警察に捕まっちゃって強制帰国させられた、不法滞在していたからねと言って、またわははと笑います。
あんたそのままじゃねえかとつっこみを入れたくなります。
果たしてこの人、日本でいったい何をしていたのでしょうか。
朝食を食べた後、怪しいおっちゃんとは別れ、町を歩きます。
ボルコルに行くのは諦め、ランガマティの町で一日のんびりしようと決めたのです。
船着場にいったりしてぶらぶら歩いていると、「外国人?」と英語で話しかけられました。
そこには、日本人のような顔つきをした若い男の人が立っていました。
チャクマ族の人です。
チャクマはチッタゴン丘陵に住む先住民族の中で最も人口が多い民族です。
彼らはモンゴル系であり、一見したところタイ人、ミャンマー人に似ていて、バングラデシュ人の大部分を占めるベンガル人とは全く違います。
宗教もイスラム教徒が9割を占めるバングラデシュにおいて、仏教を信じています。
チャクマ族をはじめとする先住民族の人々はずっと昔からこの土地で暮らしていたのですが、政府がベンガル民族への同化政策をとり、また彼らの土地を取り上げベンガル人に与え移住させることをしてきたのです。
そもそもここにあるカプタイ湖も水力発電所のために川を堰き止め造られた人口湖であり、その水の下には先住民族の人々の耕作地、王宮、民家などが沈んでいるのです。
そのような状況の下、先住民族が自治を求めてゲリラ闘争を行い、このチッタゴン丘陵が内戦へと陥ったのです。
現在では一応平和条約が結ばれていますが、政治的不安定な状況は続いており、そのため旅行者もパーミットが必要とされているのです。
それにしても、国を持たない民族というのは、チベット、クルド人など弱者として常に迫害される運命にありつくづく可愛そうであると思います。
そういった民族が自治を求め政治的、武力的に戦っていくというのは当然の成り行きであり、これからもどんどんと新しい国が増えていくのではないでしょうか。
僕に話しかけてきた人は、学校の先生をしていて、外国人である僕に興味を持って話かけてきてくれたようです。
なのでお茶を飲みながらしばらく話をします。
その後、彼はマーケットの中を案内してくれます。
するとその途中、近くに教え子の家があるから良かったら寄ってみないかと誘ってくれました。
チャクマの人の家を見ることのできるせっかくのチャンスなので、喜んで連れて行ってもらいます。
案内された家は、嬉しいことに女子生徒の家であって、またその女の子がちょっと可愛かったもんでおっちゃん少しドキドキしてしまいました。
部屋の中には仏教のお寺や有名な僧侶の写真が飾られています。
そんな所でチャクマの人と話をしていると、バングラデシュにいることを忘れてしまいそうです。
そして、しばらくすると、その家のお母さんが僕になにか日本の歌を歌ってくれないかと頼んできました。
あちゃ〜音痴の僕にそうきましたか。
そもそも歌詞を覚えている歌なんてほとんどありません。
まっ、相手は日本語が分からないのだし適当に歌っちゃおうかと、しぶしぶながらオッケーします。
するとおばちゃんはちょっと待っててと言い残し、奥に部屋に消えていきました。
しばらくして戻ってくるとその手には、ビデオカメラが‥‥。
おいおい、聞いてないぞ、そんなこと。
一応記録に残るとあっちゃ、適当な日本語で歌ったらまずいか。
何か歌詞を覚えている歌はないか、少ない容量の頭脳をフル回転させ検索します。
そして、導かれた答えが‥‥寺尾聡の「ルピーの指輪」。
なんでやねん。
こんな歌、最近の若い人は知っているだろうか、知らないだろうなぁ〜。
そして、バングラデシュの田舎町の小さな家の中に音程が外れたルビーの指輪が響きわたることになったのでした。
誰もこのビデオを見ることがないようにと祈りつつ。
彼らと別れ、一人で近くの仏教寺院に行きます。
ちょうど訪れた時間帯が一般の人が立ち入り禁止であったので、寺の前の広場の木陰に座りそこにいる猿を眺めながらぼ〜っと過ごします。
すると黄色の布の僧侶の服をまとった3人の若い僧侶が歩いてくるのが見えました。
ここの寺の人たちかなと思い見ていると、お寺の前で記念撮影とかをし始めるので、どうやら違うようです。
話をしてみると、彼らはインド人でここのすぐ東に位置するミゾラム州から観光に来ているといいます。
彼らに誘われ、一緒に歩くことにします。
しかし、彼らは、まったくお坊さんらしくありません。
CD屋へ行ってCDを物色し、値切り、高いと言って文句を言ったり、写真を現像しにいってそのできあがった写真をみて騒いだり、そして、僕にジュースなどを奢ってくれたりとお金も持っているのかかなり気前もいい。
また、彼らは流暢な英語を話しますが、一人を除いてベンガル語はほとんど話せないようです。
英語が通じないなんて不便だと、さんざん文句をたれています。
しかし、彼らもまたチャクマであるみたいで、ここに住むチャクマの人々とは普通に会話しています。
読み書きはできないようなのですが、普段はチャクマ語を使って生活しているようなのです。
彼らは明日にはインドに戻ると言います。
インドとバングラデシュの間は比較的自由に行き来ができるのかと尋ねると、彼らは顔を曇らせすごく難しいと言います。
だからこんな格好をしているんだと、着ている黄色の服を指差し、丸めた頭を手でさすります。
僧侶の格好をしていれば国境の審査は厳しくないからね。
でも、インドに帰ったらこんな服は着ないし、また髪も伸ばすよ、と言い楽しそうに笑うのでした。
近頃なんでも偽装の時代のようですが、ここには偽装僧侶がおりました。
夕方になり彼らと別れ、宿に戻ります。
その途中、道端に人だかりがしているのが見えます。
なんだろうと覗いてみると、3つの大きなボウルの中に何百匹ものヒルがうようようしているのが見えます。
それを前になにやら写真のようなものを掲げながら、熱弁している人がいます。
あっ、今朝会った日本語はなせるおっちゃんだ。
おっちゃんは僕に気づくと、微笑み、手を振ってきます。
いったい何を売っているのだ?
周りには男どもが真剣な顔で話に聞き入っています。
どうやらヒルから作ったという精力剤のようなのです。
ヒルの精力剤?
そんなもの効くのか?
おっちゃん、どこまでも怪しすぎます‥‥。